不安の源泉(2015年3月11日更新)

「不安の源泉」

(2015年3月11日掲載)

いつから、日本そして国際社会は不安が常態化したのでしょうか?
4年前の東日本大震災以降、その不安が増幅しているように感じますが、実はそれ以前から、不安や虚無が物質豊かなこの国を徐々に蝕んでいた気がします。

「心療内科」という看板を見かけるようになったのはいつ頃からでしょうか?記憶を遡ると今から20年ほど前からのような気がします。見慣れない言葉だったので、精神科と心療内科の違いは何かなと思ったものです。そして1999年に脱毛症を患ったことをきっかけに病院を意識するようになり、いつの間にかずいぶん心療内科が増えていることに気がつきました。特に「メンタルクリニック」等と名乗る一般診療所の数は、1996年から2008年までの12年で、精神科は約1.8倍、心療内科は約5.7倍にも増えているそうです。

こういった心療内科やメンタルクリニック等が増加する時期は、経済不安が増長している時期とリンクしています。デフレが進む時期と「不安」が増加する時期とがシンクロしているのは、何故なのでしょうか。

アメリカでは、1987年10月19日のブラックマンデーという史上最大規模の世界的株価大暴落になったのと時を同じくして、躁うつ病が増加していきました。日本でも、1991年のバブル崩壊を機に低成長の時代を迎え、同時に躁うつ病が増加し、並行して心療内科やメンタルクリニックが雨後の筍の様に増加していきました。

各国の思惑や世界金融市場が経済を停滞させ、その余波により市井に暮らす市民は疲弊していきます。そして蔓延する経済不安を解消するために消費や競争が煽られた結果、買える人・競争に勝利した人は欲求を満たしながらもさらなる消費欲求を煽られ、買えない人・競争に負けた人は欲求が満たされないままさらに疲弊し、一部の人は自我に閉じこもり躁うつ病となり、最悪の場合命を絶ってしまう人もいます。
果たして、そんな経済発展は必要なのでしょうか?

経済を煽るために地球温暖化・放射能汚染・戦争といった「不安」を利用して、エネルギー・資源・食料の投機を促し、株価や金融商品の消費につなげ、それによって人間性が誤作動を起こしてしてしまうような経済発展なら、私はいりません。

そんな経済から、一抜けようではないか!

「善人なほもて往生を遂ぐ、いはんや悪人をや!」という親鸞の悪人正機説があります。有名なこの言葉は、弱き者や貧しき者たちの上にいる権力者や裕福な者たちが「善人」として浄土に行けるのなら、持たざる者・貧しき者である「悪人」が浄土に行けないわけがない、ということを伝えています。この教えのように、欲望を追求し、人間性を狂わせてまで追い求める「幸福」よりも、弱き者・持たざる者が集まり、感動に共感し、リスクを共有することをベースとした豊かな人間関係を構築することこそが「幸福」であるという意識改革が、今こそ必要なのだと思います。

近代の量的拡大を求める経済成長の中に、人々の「不安」という罠が仕掛けてあるのなら、我々はその罠から脱出しなければなりません。「不安のない、希望に満ちた持続可能な社会を作りたい」という社会ニーズを市場化し、理想社会の実現に関わる事業を経済の本流にして、「経世済民」の精神の如く「世をととのえ、民をすくう」ことを実現しなければ、私たちは3.11から何も学んでいないことになります。

「不安」の源泉は、弱い人間が強くならなければならないという脅迫観念でした。「強くなくても健康ならいい。賢くなくても謙虚ならいい。貧しくても分かち合えればいい。何故なら我々は、凡人でも誠実であれば非凡な理想社会をつくることができる、そんな歴史を作ってきたから。」ということに気が付けば、不安社会は消滅していきます。

この様な考えを、絵空事だと思うでしょうか。
いいえ、我々はこれを、真実だと知っています。
2011年3月11日、東日本大震災の後、そんな人々の行動を見た記憶は、昨日のように覚えているから。
東日本大震災から4年を経て、改めて思う。

2015年3月11日
アミタホールディングス株式会社
代表取締役会長兼社長 熊野英介

会長メッセージ


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※2013年3月11日より、会長・熊野の思考と哲学を綴った『思考するカンパニー』(増補版)が、電子書籍で公開されています。ぜひ、ご覧ください。

※啐啄同時(そったくどうじ)とは

 鳥の卵が孵化するときに、雛が内側から殻をつつくことを「啐(そつ)」といい、これに応じて、母鳥が外から殻をつついて助けることを「啄(たく)」という。 雛と母鳥が力を合わせ、卵の殻を破り誕生となる。この共同作業を啐啄といい、転じて「機を得て両者が応じあうこと」、「逸してはならない好機」を意味する ようになった。

 このコラムの名称は、未来の子どもたちの尊厳を守るという意思を持って未来から現代に向けて私たちが「啐」をし、現代から未来に向けて志ある社会が「啄」をすることで、持続可能社会が実現される、ということを表現しています。