第5回「ポスト近代社会~持続可能な産業と社会システム~」(2017年9月11日)

2017年度啐啄同時は「新しい時代~innovation3.0~」をテーマに、近代の時代背景を紐解きながら、新しい時代を切り拓くために必要な「イノベーション力」について連載します。



第5回「ポスト近代社会~持続可能な産業と社会システム~」

前回の記事で、

  • 自然界はすべてがすべてに影響しあいながら絶妙なバランスを保ち、一定の負荷や変化に適応する力を有している。しかし今、「人間の尊厳」のために急激に発達した科学技術がそのバランスを崩し、社会の持続性を損なっている。
  • これを解決するためには「生命の尊厳」という新たな価値観と、「エコシステム=自然界の生態系と人間活動の生態系が統合され、両者が共存共栄していく仕組み」を科学することが必要となる。
  • エコシステムを実現するには「収束しないで拡散していく領域=突然変異・イノベーション領域」と「反する力が釣り合って均衡を保つ動的均衡領域=相互作用による価値増幅領域」の2つの領域を社会構想や事業構想へ戦略的に組み込むことが重要となる。
  • さらにエコシステムを科学するために必要な技術はIoT、ビックデータ、ブロックチェーンなどの高度化された情報技術であり、これらを活用して社会的動機性に基づく購買行動を増幅させるような市場の設計が求められる。

と述べました。

すなわち、不確実性が増す生存リスク(食料・資源・エネルギー)、人生リスク(医療・教育)、生活リスク(育児・介護)に対し、

▶情報技術を駆使して食料循環・資源循環・エネルギー循環の最適解を導き、無駄のない地域循環圏を形成する

▶人々の購買動機(物を買う理由)を、大量生産・大量消費・大量廃棄や人間関係の希薄化を生み出す「経済的動機性(少しでも安いものを選びたい、人より良い生活がしたい、贅沢をしたいなどの個人的欲望の満足)」から、「社会的動機性(人や社会の役に立ちたい、人とつながりたいなどの相互扶助の意識)」に変化させる

▶さらに、社会的動機性に基づく行動を評価する仕組みを構築することで、結果的に経済的にもメリットが産まれるような市場設計を行う

ことで、個々人の将来的な不安を排除するとともに、地域社会や人と自然の関係性を増幅させ、社会全体の持続性を向上させることが出来ると私は考えています。

第5回となる今回は、そのメカニズムをより具体的に考察していきます。

さて、産業革命以降、人々は、石炭をエネルギー源とした蒸気機関を駆動力に大量生産を可能としました。その後、石油を掘り出して内燃機関を生み出し、さらに内燃機関から発電機関を発展させ、原子力をも駆動力にして、増え続ける人口を支える大量生産、大量消費を実現してきました。新しいエネルギーの獲得と新しい駆動力の発明が、モノや人口、貨幣を増加させて近代の発展を可能にしたのです。つまり、安定した大量の資源・エネルギーの確保が経済発展の必須条件である、というのがこれまでの常識でした。

しかし、今、社会では大きな価値転換が起きようとしています。科学技術・情報技術が高度化し、さらに地球環境問題への意識が高まった先進国を中心に、省資源化・省エネルギー化した商品ほどよく売れる、環境・社会に配慮した企業ほど評価されるという現状が起きはじめています。これは、先に述べた、人々の購買動機が経済的動機性から社会的動機性へ変化しつつあることの現れでしょう。経済発展の必須条件が「資源・エネルギーの大量消費」ではなく、180度真逆の「省資源化・省エネルギー化」になろうとしているのです。これまでの常識は、もはや常識ではない。これは、時代の大きな予兆といえます。

時代の予兆は、これだけではありません。今や、一般個人が自宅で工業的なモノづくりをしたり、技術的な産業創出をすることが普通にできる時代になっています。一昔前には工場でしか見ることのなかったレーザーカッターや旋盤、また3Dプリンターやドローンも登場からわずか数年で、その機能を考えれば驚くほど安価に個人が所有できるようになりました。私はこうした個人による工業的モノづくり・技術的産業創出を「パーソナルインダストリー」と呼んでいます。

さらに今後、コモディティ化(競合する商品同士の機能、品質、ブランド力などの差別化特性が失われ、価格や買いやすさだけを理由に選択が行われること)する商品は、情報技術の発展により、少人数による超大量生産が可能になり、さらにIoTやビックデータを活用したインダストリー4.0(情報技術を駆使した製造業の革新)により進化していくでしょう。逆に言えば、グローバル化する工業は、低コストなコモディティ商品を市場に大量供給することになります。

一方、持続可能社会のメイン市場では、IoE技術により、域内の適正な生産と消費を予測し、地域圏内でのサーキュラーエコノミー(製品・部品・資源を最大限活用し、それらの価値を目減りさせることなく、再生・再利用し続けること)が形成されることになるでしょう。さらに、住民たちがパーソナルインダストリーを駆使することで、地域に新しい形のマニュファクチャ(工業制手工業)が成立していくことが予測されます。

これが実現すれば、地域における食料・資源・エネルギーの自給率が上がり、域内の人間関係や自然を豊かにする新たなライフスタイルが確立し、人々の社会的行動動機に応える社会性の高い商品が次々に産まれてくるようになります。つまり、これまでの大量生産・大量消費・大量廃棄を生み出す価格競争中心の市場メカニズムから脱却し、少子高齢化でも社会の購買欲求が減退しない、価値競争による市場の活性化・経済発展が可能になると考えられます。

このような経済を、私は「心産業―Mindustry(マインダストリー)」と命名しました。
では、どうすればこの「心産業」を実現できるでしょうか?

私は、

▶本来人間が持っている社会性を維持出来る規模の「相互扶助の関係性」を社会システムとして構築すること

▶この「相互扶助の関係性」が成り立った個々のユニットをネットワーク化していくこと

の2つが必要だと考えています。

"家より大きく、村より小さい"マイクロコミュニティのネットワーク社会を地域循環圏内で構築することで、人々の「孤独」に起因する不安を軽減し、相互扶助による社会的な関係性を増幅させることができるのです。

突然ですが、皆さんは、ダンバー数という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

これは「人間が安定的な社会関係を維持できるとされる人数」のことで、約150人だと言われています。まず、この150人に近い最小ユニットを形成し、地域への貢献や奉仕と言う自己承認欲求を満たす仕組みをつくります。一家族3~4人とすれば、40〜50世帯が集まって一つのユニットを構成することになるでしょう。この単位で、地域の自然や環境を守ったり、育児や教育(躾や社会規範)、介護などを協力しあい、相互扶助によって様々なリスク・課題を解決していきます。

例えば、ユニット単位で家庭ごみを完全分別することで、焼却処理や下水処理を最小限に抑えた省エネルギー化や資源の域内再利用が可能となり、地域の自立に寄与します。また、「買い物を手伝ってもらったお礼に畑でできたトウモロコシをあげる」というような相互扶助による贈与システムで、多くの貨幣を持たなくとも生活が維持できる仕組みが産まれます。

こうした取り組みが進めば、本当に豊かな暮らしとは何か?というライフスタイルの価値転換が起こり、さらに多くの人々がこの仕組みに共感すれば、これまでにない新たな価値市場が生まれます。産業形態は、今の大量生産型から、人々の社会的な共感を得られる少量多品種の商品生産が中心となり、さらに、個人単位で資産を所有する現在のスタイルから、ユニット単位で必要な共有資産(共同で運営する畑や共同で利用する車、共同出資による託児所など)を持つようになっていくことでしょう。その結果、域内でのエネルギー循環、資源循環、食料循環が促進され、持続可能社会を支える価値競争メカニズムが構築できると私は考えています。

また、地域で生まれた地場商品・地場産業を、パートナーとなる企業・団体といった外部組織が、最新技術やクリエイターと組み合わせたり、他地域商品とコラボレーションさせるなどの2次・3次加工を施こすことにより、新たなイノベーションが起き、地域の自立性とそこから生まれる価値の増幅はますます加速することでしょう。

このような「自立型自治共同体」では、生存リスク(食料・資源・エネルギー)、人生リスク(医療・教育)、生活リスク(育児・介護)の低減につながる産業振興が、住民の中から起きやすくなります。こうした社会的なスモールビジネスを起こすスモールカンパニー群が、価値競争に基づき生活産業基盤を構築することが、心産業を実現させる重要なポイントとなります。地域のスモールカンパニーに資本が蓄積され、その資本がさらに、地域内の自然と人間関係を増加させるスモールビジネスに再投資されていくことで、地域の持続可能性を継続的に高めていくことが可能になります。さらに、「自立型自治共同体」同士がつながりネットワーク化されることで、こうした価値競争に基づく市場が拡大し、住民はこの市場経済の恩恵を受けることができるようになります。

これは、言い換えれば、近代に希薄化した人々の信頼関係や社会性をよみがえらせ、民による相互扶助機能を復活させることで、国による社会保障に頼らなくとも、育児や介護が可能になり、貨幣依存の生活から脱却できるようになるということです。

さぁ、このネットワークが世界に広がったことを想像してみてください。

近代の誤作動によって起こった環境破壊、地球温暖化、格差、紛争、原発事故などの社会課題が解決され、豊かな関係性の復活による「生命の尊厳」が守られる持続可能社会が、きっと実現します。

そして、この社会のありようは、国連が提唱する「人間の安全保障」が重視している、人間の生活にとって基本的な3つの自由ともリンクしています。

▶恐怖からの自由:
経済的、社会的不安や孤独を解消し、対立や憎しみから人々が解放されていくためには、共感性の広がりが鍵となります。心産業が経済を動かし、「自立型自治共同体」が世界に展開すれば、人種や文化を超えた共感が広まり、平和の実現に大きく貢献することでしょう。

▶欠乏からの自由:
「自立型自治共同体」における自給経済と贈与経済の発展、資源・エネルギーの域内循環、価値競争による外貨獲得が叶えば、そこに新たな市場が形成され、国や外的支援に頼ることなく、安心できる生活基盤を獲得することができます。

▶尊厳を持って生きる自由:
人の尊厳とは、他者とつながり、その存在を肯定されることで得られます。これはまさに、心産業の基盤となる「社会的行動動機」と、「自立型自治共同体」における相互扶助・奉仕の概念に基づく「循環システム」がもたらす効能そのものです。

ただし、ここまで述べてきた社会構想には、二つの課題が残ります。

  1. ソーラーパネルやワクチン、特殊な医療器具、介護用品など、現在高価格だが、社会課題解決のためには安価での大量生産が必要となる製品・産業分野には引き続き近代的な工業化が必要であるということ。
    →この課題については、AI技術の発達によって少人数での複雑なモノづくりが可能となり、さらに地下資源の枯渇によって地上資源の利用が増すことで、時間はかかるでしょうが、そのうち価格競争から価値競争にシフトしていくものと考えています。
  2. 「自立型自治共同体」の適正範囲領域で発生する私有財産と社会的同調圧力の課題
    →この課題は、私有するより共有した方が、社会認知が高まり贈与経済の恩恵が受けやすい仕組みづくりや、精神的不自由・不平等を発生させないような、社会的行動動機を増幅させる商品の開発・交換によって解決できると考えます。

最後に繰り返しますが、これから我々が目指す「持続可能社会」の主産業は、人の心を社会的動機性で動かす「心産業―Mindustry(マインダストリー)」です。そして、「自立型自治共同体」のネットワーク化こそが、現在の複雑な社会課題を解決できる社会構造であり、生命の尊厳を守るという価値観が成立する持続可能社会を形作るのです。

この社会デザインを、「今」の常識で捉えれば、夢物語と笑われるかもしれません。しかし、2050年の「未来」の常識で捉えてみてください。2050年の日本と世界の人口動態・厳しい環境制約、高度な技術発展。これらの予測データと、すでに見え始めた「時代の予兆」を事業家の目で分析し、再編集すれば、答えはほかにないのです。

2017年12月10日、京都でこの「人口動態・環境制約、技術発展」がもたらす未来像と時代の予兆、さらにその未来に必要な事業構想等について、各分野の専門家が集まりディスカッションするシンポジウムが開かれます。ご興味のある方は、ぜひ京都でお会いしましょう。

12月10日(日)開催 地球未来シンポジウム2017「希望の探求」についてはこちらから



2017年9月11日
アミタホールディングス株式会社
代表取締役会長兼社長 熊野英介




「啐啄同時」に対するご意見・ご感想をお待ちしております。
下記フォームにて、皆様からのメッセージをお寄せください。
https://business.form-mailer.jp/fms/dddf219557820

会長メッセージ


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※2013年3月11日より、会長・熊野の思考と哲学を綴った『思考するカンパニー』(増補版)が、電子書籍で公開されています。ぜひ、ご覧ください。

※啐啄同時(そったくどうじ)とは

 鳥の卵が孵化するときに、雛が内側から殻をつつくことを「啐(そつ)」といい、これに応じて、母鳥が外から殻をつついて助けることを「啄(たく)」という。 雛と母鳥が力を合わせ、卵の殻を破り誕生となる。この共同作業を啐啄といい、転じて「機を得て両者が応じあうこと」、「逸してはならない好機」を意味する ようになった。

 このコラムの名称は、未来の子どもたちの尊厳を守るという意思を持って未来から現代に向けて私たちが「啐」をし、現代から未来に向けて志ある社会が「啄」をすることで、持続可能社会が実現される、ということを表現しています。