第4回「科学」「テクノロジー」は「生命の尊厳」を守れるか?(2017年7月11日)

2017年度啐啄同時は「新しい時代~innovation3.0~」をテーマに、近代の時代背景を紐解きながら、新しい時代を切り拓くために必要な「イノベーション力」について連載します。



第4回「科学」「テクノロジー」は「生命の尊厳」を守れるか?

前回の記事で

  • 「人間の尊厳を守る」という哲学に基づく近代が、深刻な公害問題や地球規模の環境問題を引き起こした。
  • さらに「個人の生命や財産を守る自由の獲得」という理想のもとに、先進国では飢餓の恐怖から脱したにも関わらず、孤独死や自殺の蔓延など「衣食住足りて不幸になる」という人類史上初めての「精神的飢餓社会」を経験するに至っている。
  • これからは「生命の尊厳を守る」という次なる時代の哲学が必要となる。

と述べました。

現在人類が手にしている科学やテクノロジーは、産業革命以降、人間の欲求・欲望を満たすことを目的に発展し、近代社会の構築に貢献してきたものです。東日本大震災の時、最新のテクノロジーを上手く使っているつもりで、いつしかそれらに生活の基盤を握られ、使われていた自分に気が付き愕然としたと言う人が多くいました。AIやIoTといった新時代の科学・テクノロジーは、はたして「生命の尊厳を守る」という近代を超えた新たな哲学の実現に寄与するのでしょうか?

第4回となる今回は、この点を深掘りしてみたいと思います。

さて、あらゆる生物は、ある程度の負荷を受けても、免疫力や変化に耐える能力によって、その負荷に適応していく力を有しています。地球も同様で、例えば大規模な火山活動で二酸化炭素が一時的に多量発生しても、植物による光合成や極域の低温の海水への溶け込み、生物による炭素固定などによって地球上の炭素はうまく循環するようにできています。自然界における全ての存在は、この炭素循環のように、各々が独立しているものは一切なく、全てが全てに影響し合い、絶妙なバランスを保っているのです。

しかし、本来地球が持つその機能・バランスが、人間中心の人間活動によって、今、脅かされているのです。例えば地球温暖化は、温暖化ガスの大気中への放出が近年、劇的に増加したことが原因とされています。太古から続く地球のダイナミックな変化を上回り、超短期的かつ猛烈な破壊が、我々自身の手によって、まさに今、この瞬間も進行しているのです。
人間社会も同様です。家族、仲間、地域社会、国家間と、様々なレベルで互いに影響し合い、過去の過ちから学び合うことで一定のバランスを保とうとしてきた社会システムが、今また、一部の人間の豊かさや欲求を満たすための行動により崩れつつあるのではないかという危機感、不安感が、世界中を包んでいます。自然と人間をコストにすることで拡大してきた工業的な近代資本主義は、結果、生命そのものを経費にする時代を創り上げたと言っても過言ではないでしょう。

では今、何が必要なのか?

「生命の尊厳を守る」という哲学に必要な科学は、「エコシステム」だと私は考えます。ここでいうエコシステムとは「自然界の生態系と人間活動の生態系が統合され、両者が影響し合いながら、広く共存共栄していく仕組み」のことです。エコシステムを科学するということは、地球環境と人間社会が本来有するバランスを保つ機能を回復させ、さらに複雑に関係し合った両者の「物質代謝・エネルギー代謝経路」の持続性を考えていくことに繋がります。
無自覚に生産活動を行い、人間の豊かさと科学の進歩だけを考えていれば良かった近代に別れを告げ、生態系を構成する膨大な要素の関係性とその持続性に目を向け、カオスや混沌と呼ばれる分析できない領域へと一歩踏み出す時が来たのです。

エコシステムを追求するときに避けて通れない、この複雑系やカオス・混沌系の領域。
専門的な話しはその道のプロの先生方にお任せするとして、私は事業家の立場から、この掴みどころのないものを社会構想や事業構想へリアルにつなげていくことを考えています。この視点で整理すると、複雑系の領域は「収束しないで拡散していく領域=突然変異・イノベーションが起きる領域」と「反する力が釣り合って均衡を保つ動的均衡領域=相互作用の中で価値が増幅していく領域」に分けられるように思います。この「突然変異・イノベーション領域」と「相互作用による価値増幅領域」を社会構想や事業構想へ戦略的に組み込むことで、不連続なものの連続性や、不確実なものの確実性という、一見矛盾する(しかし自然界では当たり前に存在する)ビジネス設計が可能になるのです。
生態系に学ぼうという話は良く聞きますが、重要なのはその部分エッセンスの取り組みではなく、人間活動をも内包した「エコシステム」そのものを科学し、物質代謝やエネルギー代謝経路が機能し続ける持続可能な社会システムを設計することです。

具体的に、アミタの描く社会構想・事業構想にこの二つの領域をどう組み込んでいくのか、という話は次号に回すとして、最後にこれを可能にする科学・テクノロジーについて述べたいと思います。

エコシステムを科学し、持続可能社会を設計するためには、

▶IoT(Internet of Things)の活用により、インダストリー4.0と言われる製造の最適解技術が農業・鉱業・商業の世界で実用化し、生産活動の輸送や在庫管理が効率化することでエネルギーや資源の無駄をなくし最適化していくこと。

▶ビッグデータ活用やブロックチェーンなどの情報技術を用いて「突然変異・イノベーション領域」と「相互作用による価値増幅領域」の範囲設定や結果解析を行い、最適な設計を行うこと。

▶経済的動機性に基づく商品情報だけでなく、社会的動機性(ボランティア的な相互扶助の行動動機)に基づく購買情報をIoH(Internet of Human)というビックデータとして捉え、仕組みとしてこれを増幅させる市場設計を実現すること。

などが必要であり、特に3点目の社会的動機性に基づく行動の増幅設計がカギになると私は考えます。

AIは、そう遠くない将来、人間の記憶や身体のコントロールといった生命活動の代替機能をも備えていくことでしょう。しかし同時に、これからの時代、人間の自己承認欲求を満たすものは、数値化出来ない・感じるしかない「信頼」「勇気」「哲学」「芸術」といった領域にその軸足をシフトしていくと予想されます。物資的な価値追求から、精神的な価値生産活動が主流の時代になるのです。
「生命の尊厳を守る」という価値観を具現化するために、人間がそのような無形性の行動動機を持ち易くなり、活性し易くなるような「突然変異・イノベーション領域」と「相互作用による価値増幅領域」の組み合わせを一定範囲内で設定し、さらにその社会的範囲をネットワーク化するとします。そうすれば、日本のように、人口減少が進む少子高齢社会の未来において、量的拡大ではない、関係性を重視した無形性の質的価値競争で経済を活性させることが可能となるでしょう。

IoHとIoTを統合してIoE(Internet of Everything)を設計することで、単なるデジタル情報がモノへ、モノの情報から人へ、人の情報から社会へ、というように、情報が徐々に新たな価値観や未来の姿を具現化してくれるようになります。これらの情報を再編集して新しい情報を生産し、自然資本と社会関係資本の適正運用に資する最適解を計算するのはテクノロジーですが、その根底にある哲学や価値観といった歩むべき方針を提示するのは我々です。「生命の尊厳を守る」という強い意志こそが、近代の科学・テクノロジーの犠牲となった方々の無念を晴らし、持続可能な社会という希望を未来につなげる原動力であると私は信じます。



2017年7月11日
アミタホールディングス株式会社
代表取締役会長兼社長 熊野英介




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※2013年3月11日より、会長・熊野の思考と哲学を綴った『思考するカンパニー』(増補版)が、電子書籍で公開されています。ぜひ、ご覧ください。

※啐啄同時(そったくどうじ)とは

 鳥の卵が孵化するときに、雛が内側から殻をつつくことを「啐(そつ)」といい、これに応じて、母鳥が外から殻をつついて助けることを「啄(たく)」という。 雛と母鳥が力を合わせ、卵の殻を破り誕生となる。この共同作業を啐啄といい、転じて「機を得て両者が応じあうこと」、「逸してはならない好機」を意味する ようになった。

 このコラムの名称は、未来の子どもたちの尊厳を守るという意思を持って未来から現代に向けて私たちが「啐」をし、現代から未来に向けて志ある社会が「啄」をすることで、持続可能社会が実現される、ということを表現しています。