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未来デザイン談義 -安田 登 氏×熊野 英介 編- vol.3

「エコシステム」をテーマにした2020年の啐啄同時、9~10月は、能楽師 安田 登 氏との対談形式(全4回)をお送りします。古典から最新のテクノロジーまで、古今東西の身体知に精通し、多彩な創作活動を行う安田氏。
今回は、イノベーションや感動、魂に訴えかける表現を生み出すヒントとして、文字の発明による人間の時空間の意識変容について思考を深めていきます。
(対談日:2020年8月7日)

時空間の意識の変化 ―2Dと3D、微分と積分

熊野:前回、信頼できる関係性をどう作るか、という話から、「ご縁」というのはまさに「共時性(シンクロニシティ:意味のある偶然の一致)」、という話題になりましたが、そもそも、人の心や時間とはどういうものなのか?ということも考えてみたいです。
というのは、第1回で、知識がクラウド化される社会においては、情報分析や状況分析よりも自ら求める状況を作りだせることが重要、という話をしましたが、そのためには思考を遠くへ飛ばす訓練が必要だと思うからです。
理屈で説明のつかないインスピレーションは、因果論による過去の経験や知識からの積み上げからはなかなか出てこない。いったん思考をうんと遠くへ飛ばすには、時間とは何か?心とは何か?ということがヒントになるように思います。

安田氏:面白いテーマですよね。人間の"時空間に対する意識"や"心"には、「文字」が大きく関係していると思います。

そもそも文字の発明は、人間の知能にパラダイムシフト(ある時代や集団の常識的な考え方が革命的・劇的に転換すること)をもたらしました。
脳内の考えや記憶をアウトプットできるようになるとともに、それまで記憶に使っていた脳のスペースを、人はより創造的な思考活動に充てることができるようになります。

また文字化することによって、人々は胸にある様々な感覚を総括し、それを「心」として認識するようになります。漢字でいえば、文字の発生から「心」という文字の創造までには約300年の時間差があります。心を「心」として認識するまでには、そのくらいの時間がかかったようです。

「心」に対して現代人は様々なイメージを持っていますが、「心」の本来の機能は「時間を認識する力」です。「心」によって時間を認識することができるようになったために、今まで変えられないと思っていた「未来」を変えることができるようになりました。そして、それによって「希望」という情緒を生み出しました。しかし、時間の獲得は、同時に将来への「不安」や過去への「後悔」といったネガティブな感情も獲得していくことになります。
「文字」というものは、3D(3次元の現実空間)を2D(2次元の平面)化するツールです。これまで見ることのできなかった身の内の感覚を文字として可視化し、他者と共有する中で、「心」という概念が生まれ、人は「過去」や「未来」を考えることができるようになったのです。

これが時間の概念の始まりですが、では、人は時間をどう捉えていたのでしょうか。

origin.png「希望」の「望」という文字があります。もともとは「王」の上の「亡」は「臣」という文字でした。「臣」は大きな目を意味します。「王」は当初「壬」と書いて、つま先立ちの人を表していました。その後「月」が加わり、「望」の型に変化しました。つまり「望」とは、人が遠く高い場所に立ち、さらに遠いところにある「月」をつま先立ちで見る様子を表した文字で、「遠くを見る」というのがもとの意味です。

私たちは時間に対する形容詞として「遠い・近い」や「長い・短い」という距離に関する形容詞をそのまま使い、時間特有の形容詞を持っていません。私たちの認知としては時間と距離は同一のものなのです。この「望」の字も「遠くを見る」から遠い時間、すなわち「未来を見る」に変わってきます。そのようなことができるのが「大臣」だったのです。

しかし、この「現在から未来を見る」。これは言ってしまえば、1次元的、あるいは2次元的な動作です。しかし、これからは、「未来から現在を見る」ことが大事です。しかも、この"未来"は、"今"に存在します

熊野:「"未来"は"今"に存在する」とはどういうことでしょうか?

安田氏:いま申し上げたように「時間」に対しては 「長い・短い」という、距離の形容詞を使います。「時間」は横向き、かつ一方方向に流れる数直線のイメージです。
しかし一方で、感覚的には、"縦の時間"があることを私たちは知っています。一番分かりやすいのが「パノラマ視現象」と言われるものですね。死に直面したときに、過去の出来事が走馬灯のように脳内に流れるとよく言うでしょう。また、夢の時間も"縦の時間"ですね。そこでは一瞬のうちに、過去・現在・未来が同時に存在しています。これが、縦軸の時間です。

cartesian.png私たちは基本、言語を使って思考や会話をします。言語を使うときには、ほとんど無意識のうちに"文字"(絵画的なものも含む)が脳裏に浮かんでいます。紙の上に書くことができる"文字"は2次元です。ところが現実のモノの多くは3次元ですね。動きがあるので4次元といっていいとも思いますが、ここでは3次元で話を進めますね。
で、その立体的な3次元の出来事を2次元に落とすため、どうしても物事を、ある時点の対象に着目して分析しなければなりません。3Dを2Dに、すなわち"微分"してしまうんですね。その結果、時間も2次元の一直線になり、現在から未来を見るのが当たり前になった。
ところが"縦の時間" には次元がありません。「未来から現在を見る」には、"現在の中に、過去も未来も見えてしまう"というような時間の捉え方、視点を持つことが大事です。この時間感覚を持つ方は実は結構沢山います。特に経営者には多いですね。

熊野:うん、わかる気がします。事業をしていると、これはもう本当にやばい、という「修羅場」が、ままありますよね。そういう時、自分が産まれる前のなにか大きな知恵が「こうしたら?」とか、未来のほうから「そっちじゃないよ」と教えてくれるような、不思議な感覚が起こるんです。自分の経験や枠を超えた何か、ですね。なので修羅場の方が、ひらめくんです(笑)。
今に未来がある感覚。ワープのように、時空を曲げたら未来が横にあるイメージというか。過去からの因果関係にとどまらず、無因果の関係やインスピレーションを呼び寄せるのは、偶然やたまたまと言いつつ、自分の中に眠る自分を超えた要素を、そうした"縦の時間"の中に見つけた結果なのかもしれません。

でもそんなことを言っても、周囲にはなかなか理解されません。「なぜそうすべきと思うのか、その根拠を教えてください」と言われると、経営者には説明責任があるので、一生懸命言葉にするのですが、この感覚を伝えるのは本当に難しい(笑)。

安田氏:そうですね、言葉自体が直線の横軸にあるものなので、縦の時間が見えている人の感覚を説明するのはやっかいです。「分かる」の「分」は、分ける=differentiation、これには「微分」という意味もあります。x³を3x²にしてしまう。こうやって、分かりやすく説明しようと、分解していけばいくほど、当初の思いから離れていくし、説明する側の熱量も下がるし、結果的に、伝えたかったことはなかなか伝わらない。

熊野:おっしゃる通り、まさにそれです(笑)。説明すればするほど、違うものになっていくんですよね。
その解決のヒントは、アートにある気がします。説明を省いて人に届くもの、"どきん"とさせるもの。脳ではなく、心に届ける表現です。これからはビジネスもアート領域、表現領域に行く感覚があるのです。

魂が震える表現とは

熊野:そこでお伺いしたいのですが、先ほど、文字が「心」の概念を生んだというお話がありました。しかし心は、文字が生まれる前からあったのではないですか?例えば、景色を見て美しいと感じる心、子どもを愛しく守るべきものと感じる心、など。

安田氏:ここでいう「心」とは、文字によって獲得した時間を認識する力のことです。心というものは、いま考えられているほど大したものではありません。心の性質をひとことでいえば「変わる」ことです。「心変わり」というでしょ。古典の日本語では「心」の深層に「思ひ」というものがあると思われていました。これは変わりません。「思い変わり」なんてない。
「心」というのは、今、その時点の感覚を自分の気持ちとして認識したものなので、明日には変わっているかもしれない。けれど景色の美しさや弱いものへの慈しみは、心というより、「思ひ」が、あるいはもっと深いところにある「魂」が捉えているものではないでしょうか。

stage.jpgアートの話でいうと、私は能楽師として別分野とのコラボレーション作品もよく演じます。しかし、実はコラボ作品ってあまり好きではないんです(笑)。コラボ作品には、つまらないものも多い。それは、互いの問題のない所、ぶつからない所を探りながら行っているからです。そうすると、演者がどれほど真剣でも、無難で表面的なものしかできない。

私がするときは、舞台上で徹底的に喧嘩をするようにします。そこに熱量が発生します。しかし、稽古や打ち合わせでは喧嘩はしない。和気あいあいです。打ち合わせは言語で行います。言語はいかようにも脳内で広げることができてしまいます。とめどない抽象的な議論になりやすい。そんなわけで私は議論自体があまり好きではありません。「つべこべ言わずにやってみろ」派です。

今、感心はするが感動しないアートが増えています。 "心"は説明できますが、"魂"は説明できないですよね。同じように、心のこもった作品は多々あるが、魂のこもったものが少ないのです。

熊野:なるほど。心に響く表現ではなく、魂に訴えかける表現となると、ますますハードルが上がりますが、事業家こそ、それを目指したいですね。

安田氏:先ほど、分かりやすく説明するほど本当に大事だったものが伝わらない、という話がありましたが、能が650年も続いたのはおそらく、能楽師が客の趣味趣向に合わせるのではなく、客が能の世界へ来るのを待っていたためです。能って、ストーリーも演者の心象も、説明しないですから。でも、海外公演で、演者が舞台上をただただ静かに歩く場面で、お客様が涙を流してくださったりします。魂に響く表現には、"微分"していく分かりやすさではなく、次元の違うところに一瞬にして連れて行ってくれる "積分"の視点や、「共時性」の感覚が必要なのかもしれません。
あと、ZoomやSkypeなどのオンラインツールは、知識のインプットには非常に便利ですが、魂レベルでのコミュニケーションに向いているかどうかは、これからいろいろと使ってみて考えたいと思っています。身体拡張のツールとして、まだ使いこなしていないので。

熊野:ありがとうございます。非常に重要な視座をいただいたように思います。しかしそうなると、リアルよりもオンラインでのコミュニケーションや芸術鑑賞がメインになりつつある若い世代、特に今の子どもたちは、なかなか魂の震える経験ができなくなります。それがどのように未来に影響してくるのか...、そして豊かな関係性が持続的に増幅する未来を作るために、我々がなすべきことは何なのか、深堀していきたいと思います。

(次回に続く) 


次回は、いよいよ最終回。未来づくり・価値づくりの原動力の鍵となる、人間の欲望の変化と愛の話、そして未来の社会像についてお話しいたします(vol.4:10月23日公開予定)。

対談者

安田 登 氏

能楽師(下掛宝生流)。東京を中心に能の舞台に出演するほか海外での公演も行う。また、シュメール語による神話の欧州公演や、金沢21世紀美術館の委嘱による『天守物語』の上演など、謡・音楽・朗読を融合させた舞台を創作、出演する。著書多数。NHK「100分de名著」講師・朗読(平家物語)。

  

参考図書

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