ここから始めたい、「環境」からの社会づくり(後編)

2024年4月に設立された、循環と共生をコンセプトに公民の共創を促進する「一般社団法人エコシステム社会機構Ecosystem Society Agency:以下、略称ESA)」。
当社(アミタホールディングス(株))はESAの正会員企業として発起参画し、代表取締役社長 兼 CIOOの末次貴英が代表理事を務めています。このたび、当社の代表取締役会長 兼 CVOの熊野英介が、ESAアドバイザーの森本英香氏と対談を行いました。
元・環境事務次官であり、現在は早稲田大学法学部教授、東海大学環境サステナビリティ研究所長、一般財団法人持続性推進機構理事長などを務める森本氏。
長年にわたり国内外の環境行政、環境産業に深く携わってきた二人が、環境にまつわる時代の変遷やこれからの日本社会への想い、ESAへの期待などについて語り合いました。
(対談日:2024531日)

<前編はこちら

symposium_banner.png

日本の老舗や古典文化こそ、変化を繰り返している

熊野:おそらく、日本の主要産業は「システムの輸出」になったほうがいいんですよね。

森本氏:おっしゃる通りだと思います。日本のCO2の排出量は世界全体の数%。国内のCO2削減にだけ目を向けるのでなく「国内での取り組みが世界に役立つ」ように視野を広げて考えないと、地球全体の温暖化対策に寄与することもできないし、我が国の経済的な成長にもつながらない。
 ではどうするか。それって「システムの輸出」ですよね。

熊野:そうそう。それと、そのシステムは、エコシステムという生態系に倣わないといけないと思っています。MITのネリ・オックスマン教授の論文で、クレブスサイクルというアミノ酸の代謝を産業界に当てはめて「アート、サイエンス、エンジニアリング、デザインこの4象限をもつれるように思考することがイノベーションになる」と説いているんです。
 彼女はバイオミミクリー(生物模倣)という自然界から模したビジネスを考えているんですけど「アートとサイエンスの融合は哲学が良い。デザインとエンジニアリングの上位概念は経済だ。哲学のある経済を自然界から学びましょう」といった論文を書いています。

森本氏:今のお話に触発されたんですけど、日本に100年以上続いている企業はたくさんあるんです。世界でも類がないほど多くの企業が100年企業です。
 先日そういう企業から話を聞く機会がありました。埼玉のお菓子屋さんだったんですが、とても刺激的でした。彼らは、伝統は重んじつつ、しかし、変化していないわけではない。常に悩みながら時代に合わせながら経営されている。そして、その悩みの解決策は決して「矩を踰えず(のりをこえず)」みたいなルールや規範を守る感じがありました。「これだから続くんだな」と。儲かればいいとは考えていないんです。

IMG_4618.jpeg

熊野:あぁ、なるほど。私もそれで思い出しましたが、以前、京都の老舗のご主人に「京都の商法や商売の本質は何ですか」って聞いたんですよ。何と言ったと思います?

森本氏:世間に顔を向けられるかどうか?

熊野:それは大前提なんですけど「利益率」と言うんですよ。

森本氏:利益率?

熊野:「利益率が下がったら、真似されとる証拠や」と。そのとき、新しいことを考えないと続かないと言うんです。

森本氏:なるほど。

熊野:あと、これは別の方ですが、代替わりした老舗の割烹料理屋で、5代目の若旦那がご挨拶に来られたので「美味しかったです。老舗の後を継がれるのは大変だと思いますが、何か先代から変えたことはあるんですか?」と聞いたんです。そうしたら「あります。出汁を変えました」とおっしゃるんですよ。

森本氏:なんと、根っこのところ。

熊野:そうそう!思わず「いや、出汁は変えたらあかんのじゃないですか?」って思うわけです。でも彼は平然として「うちの家訓は『美味しいもんを出せ』です。父の時代は鰹節が中心でしたが、今は若いお客さんも来てくれるので、ちょっと鰤出汁を入れました。これは家訓通りです」と言う。

森本氏:家訓の幅の中だと。

熊野:矩(のり)を踰えていない。それも勉強になりました。我々が「守る」というとき、もしかしたら形式的なものだけに目がいっているのかもしれません。雅楽や能も、時代とともに変わっているそうです。

地域住民に保有してもらう、対象を限定した「レベニューボンド」

熊野:国を動かしたり利益を稼いだりするには、リアリティがないといけない。これからESAでは、あるべき社会の仕組みを議論してメッセージを出せると思うんですよ。AかBかの二者択一ではなく、健全なサブシステムをつくりたいです。

森本氏:なるほど。今、役所からそういう声が出てくるかというと、おそらく出てこないんです。政府の建前、例えば「経済成長2%縛り(経済成長2%を前提としてすべての政策を考えよという方針)」ようなものがあって自由な発想を縛られています。
「観光に力を入れよう」とか、「これからはアニメだ、コンテンツだ」という個別的な取り組みはあるのですが、トータルなものの見方として、堺屋さんの「大量生産・大量消費の社会構造は古い、これからは知価だ。」という言葉に真っ直ぐ答えていく仕組みが、今欲しいですね。

熊野:そうですね。日本では若者の死因のトップが自殺という状況が25年以上も続いています。若者が自殺するような国にどんな未来があるんだと。僕らは、自分の子供に「頑張って生きているか」と、社員にも「頑張れよ」と言うけど、それと戦中時代に「頑張れよ」「万歳」と言って若者を戦地に送り出した年寄りの姿を重ねてしまうんです。若者が自殺しない、世を儚まないでいい社会をつくる一員でありたいと切実に思います。
 そう考えたとき、これから地域が収縮する、消滅するという議論があるんですけど、収縮を濃縮に変える発想が重要だと思います。じっとスマホをいじっている若者が500人いるより、50人のシニアが明るくしゃべっている地域のほうが社会関係資本は豊かじゃないですか。その関係性をどうつくるか。それも心理学の同期行動ですよね。関係性をつくりたくなる。ここで孤独というのがなくなるじゃないですか。

森本氏:おっしゃる通りだと思います。自殺や孤独の根っこには、何よりも「不安」がありますよね。そんな社会はなかなか強くなれない。
 お金がなくてもみんなが助けてくれる自然な互助共助が大事ですよね。そういう社会は、目算がなくても希望に向けて全力で走ることができますよね。「失敗を恐れる必要がない」、社会が受けとめてくれるという「安心感」が大事です。

IMG_0034.JPG

熊野:ESAでは、PoC(概念実証)でアイデアを実践してみることを重要視しています。やってみないと分からないという状態は、企業にとって非常に健全だと思うんです。ESAは、そういう企業を集めて未来ビジョンを議論して、「これやってみたい」というアイデアに対して「うちの地域でどうぞ」と言えるような場にしたいんですよね。成功や失敗も共有する。さらに企業は、事業として反復性と展開性があるかどうかを実践して、それがあれば市場になり、ビジネスモデルの開発になるわけですね。メリットがあるし、広がれば広がるほど地域の疲弊も治る話なので、地域も応援する仕組みとして進めたいと思っています。

森本氏:失敗を共有して、次につなげるのが大事ですよね。

熊野:私は理念なき市民が生まれてもだめだと考えています。市民というのは、理念のために個人が成立して、この理念の自由を奪わない範囲でみんなで活動しましょうというアソシエーションですよね。でも戦前の全体主義だった呪いから、日本では自由というと「リバティ」より「フリーダム」がきてしまい、冷戦が始まって逆に変な社会主義思想というのを消していって、理念が「フリー」になってしまったので、功利主義になるわけですね。これが功利主義の民主主義だと思います。

森本氏:そうですね。そこには倫理観や責任感というのが見られないですね。

熊野:そこで理念や意志を持った新しい市民をつくるために「レベニューボンド」を考えています。アメリカでは当たり前になっているんですけど、地域のインフラをつくるときに、地域の人が地債でボンドを出すんです。小口ボンドは手数料が高くなるので、日本の金融機関では動いていなかったんですが、ブロックチェーンでSTO(セキュリティ・トークン・オファリング)というものが発明され、小口でも管理費用はそれほどかからなくなりました。
 仮に人口が5万人の地方都市では、年金受給者が2万人ぐらいいるわけですよね。その人たちが一口20万円の地債を「地域のためなら」と出せば、2万人×20万円で40億円が、自主財源として地域の人から集まるわけです。これのいいところは、地域の人が見ているからガバナンスが効くこと。そうして、共同体の理念を持った市民が生まれるんですよ。

森本氏:アメリカの自治体を研究したことがあるのですが、面白いですね。白地の所にぽつぽつと地域コミュニティができる。そのコミュニティが成長して自治体になっている。
 コミュニティが成長して公的な存在となると徴税権のある自治体になるというイメージです。自治体は「おれたちが作った、おれたちのものだ」という意識が強いので、自分たちのインフラにお金を出すのは当然なのかもしれませんね。
 ちなみに、余った白地のところがカウンティ(郡)になっています。

熊野:はい。アミタでは今、関係性をつくって孤独を無くす仕組みづくりを進めています。現在、4地域13箇所に展開する「MEGURU STATION®」という取り組みです。互助共助を生むコミュニティ拠点と資源回収ステーションという2つの機能を融合させました。機能を提供するのが工業化社会のビジネスの目的ですが、その機能を使って状況を喚起させるのがMEGURU STATION®の狙いです。
 具体的には、資源(ごみ)出しをきっかけに地域住民同士の関係性を育んでもらおうというものです。ステーションに1週間に1回以上来た人と1回未満の人を分析しているのですが「楽しかった」「幸せになった」という声が、前者のほうが2割ぐらい増えています。僕らの世代の感覚で「家にテレビが来たら幸せ」というのではなく(笑)、ごみ出しで人に会ったら「幸せ」というのが増えるというのが研究結果でも明らかになっています。それによってなんと社会保障費が、1年半で2.5ポイント下がったんですよ。それが6年続いたら一拠点あたり920万円がカットできる(非利用群:233人、利用群:117人の拠点試算。詳細はこちら)。そういう数字が出てきているんですね。

森本氏:それはすごい。

熊野:行政の財政負担となっている環境コスト、例えば10年分の環境コストをボンドで1年ずつ払えば楽じゃないですか。一挙に40億集めるより、4億ずつ10年かけて集める。元本は安定するから、市民も安心して出せるでしょう?残りは、社会保障費で削減できた分を成果報酬的にもしたら、利息が入るわけですよね。MEGURU STATION®に行けば行くほど、社会保障費のポイントが下がる。資源を集めれば集めるほど、域内で循環するものが増える。それを利息に還元しますよといったら、自治が生まれると思うんです。

森本氏:そうですね。ソーシャルインパクトボンドみたいなものですね。

自治体職員にESAのスキームを伝え、交流してもらえたら

熊野:森本さんからぜひ、ESAをどうしたいかといったメッセージをいただければありがたいです。

森本氏:1996年に、革新は外側(辺境)から起きるという視点で、佐藤さん(アミタホールディングス株式会社 シニアフェロー)と一緒に『里地からの変革』(時事通信社)という書籍をつくったんです。
 当時から全国各地に非常に元気のいい取り組みが起こっていました。例えば、宮崎県の綾町、山形県の遊佐町、北海道の下川町などです。そうした実例を参考にして、コミュニティがしっかりしているところで、環境とも調和し地元の人も不安なく満足する社会をつくれないかなと考えて、あの本を書いたんです。でもその当時は、本に対する反応はあまり大きくなかった。
 まさに今がESAのような組織をつくるタイミングなのかなという気がします。脱炭素ばかりが喧伝されていますけど、あれは1つのシンボルであって、資源も生活もエネルギーも一緒に考えて地域づくりをしていくことが大事と思います。

熊野:ありがとうございます。最後に、ESAをどういう風に使いたいですか。

森本氏:まずは自治体職員の方たちにこのスキームを理解してもらう必要があるなと感じました。強い関心を持つ人に、自治体がESAをどうやって使うか、実践してほしいですね。
 また、共通の悩みを抱えている自治体が全国にたくさんあると思いますので、交流していただけたらと思います。たとえば、脱炭素を進めるうえで苦労されている話をよく聞きます。そういうご苦労の共有や、あるいは「霞が関はこうすべきだ」を話し合ったりすることもしてもらいたいですね。ワンボイスで「こうしてほしい」と言うことが大きな力になると思うんです。

熊野:そういう当事者意識を持って「ここができた、いいよね」と言う人たちが集まることから、本当の市民の成立になっていくと。

森本氏:そうですね。活動は、どのようにイメージされているんですか?

熊野:PoCで「やってみないと分からない」ということが、まず常識化されていかないといけないと思います。僕らは不景気を経験してきた世代で、臆病ではなかったと思うんですけど、慎重には見えていたと思うんですよね。その子供たちの世代は、自信がない、夢がない、失敗したくないと、ないない尽くしの傾向があります。そこをESAで「やってみないと分からない」という熱気に触れ「そんなにやっていいんですか?」と思うような(笑)、そんな場にしたいですね。

IMG_4662.jpeg

対談者

森本 英香(もりもと ひでか)氏
早稲田大学法学部教授、持続性推進機構理事長、東海大学環境サステナビリティ研究所長。
2017年7月から20197月まで環境事務次官。 
内閣官房内閣審議官(原子力安全規制組織等改革準備室長)、原子力規制庁次長、環境省大臣官房長、環境省大臣官房審議官(自然保護担当)、内閣参事官等のほか、地球温暖化京都会議(COP3)議長秘書官、国際連合大学(UNU)上級フェロー、East West Center上級研究員(アメリカ)、地球環境パートナーシッププラザ(環境省と国連大学の共同施設)所長。
環境基本法、里地里山法等の制定、環境省・原子力規制委員会の設立に関わるほか、福島の復興・再生、水俣病・アスベスト被害対策、海洋プラスチック等循環資源対策等に携わる。 19571月生 大阪府出身 東京大学法学部私法学科・政治学科卒 
「里地からの変革」(共著 1995年 時事出版)、「続 中央省庁の政策形成過程」(共著 2002年 中央大学出版)など

イベントのご案内

symposium_banner.png

アミタグループの関連書籍「AMITA Books


【代表 熊野の「道心の中に衣食あり】連載一覧

【代表 熊野の「道心の中に衣食あり」】に対するご意見・ご感想をお待ちしております。
下記フォームにて、皆様からのメッセージをお寄せください。
https://business.form-mailer.jp/fms/dddf219557820