技術と文化、共創で叶える社会イノベーション ~未来開拓は民の力で~ (後編)

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2024年4月に設立された、循環と共生をコンセプトに公民の共創を促進する「一般社団法人エコシステム社会機構(Ecosystem Society Agency:略称ESA、以下ESA)」。
当社はESAの正会員企業として発起参画し、代表取締役社長 兼 CIOOの末次貴英が代表理事を務めています。このたび、当社の代表取締役会長 兼 CVOの熊野英介が、ESA理事の金井司氏と対談を行いました。
三井住友信託銀行株式会社において2003年にサステナビリティ部署を立ち上げ、20年以上にわたって業務を牽引してきたフェロー役員の金井氏。
持続可能な企業経営の先駆者である2人が、海外と日本における時代認識の違いや今後の日本社会への想い、そしてESAへの期待などについて語り合いました。
(対談日:2024年6月10日)

<前編はこちら

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貸付信託のコンセプトで商品開発。キーワードはインパクト

熊野:ここまで信託精神についてお伺いしてきましたが、新しい商品計画も視野に?

金井氏:ありますよ。先ほども触れた、かつての主力商品の貸付信託は、基幹産業を支援し高度経済成長を支えた歴史的な使命を終え、商品としては一旦なくなりました。しかし、長期視点に立って考えると、日本の産業構造を脱炭素や循環経済などサステナブルな方向に変える新たな使命が生まれてきていると思います。当社はそのための資金調達手段として、途中解約に制約をかけて長期的な個人マネーを集める「令和版の貸付信託」の性格を持つ商品を近く発売する予定です。

熊野:御行は、企業の製品・サービス・活動が社会・環境・経済に及ぼす影響(インパクト)を、可視化して定量的、定性的に評価するインパクト評価を積極的に実施されていますよね。その新サービスにもインパクト評価を取り入れていらっしゃるんですか?

金井氏:インパクトの視点はもちろんあります。ただ、それはこの商品に限りません。社会課題解決につながる「インパクトエクイティ投資」を2030年度までに5,000億円を目標に積み上げているのもその一環です。自らインパクト創造の起点となり、様々な投資家をインパクトの世界に呼び込む役割を果たします。また、こうした取り組みを通じ、個人がアクセスしにくい資産、例えばインフラや未上場株といった、いわゆるプライベートアセットへ投資を積極的に行い、「プライベートアセットの民主化」を本気で追求していく方針です。

熊野:なるほど。お話をお聞きしていて思い出したのですが、アメリカの一部では「レベニューボンド」と呼ばれる方法で、地域のインフラは地域の人たちが民間の力で行っています。例えば、橋をつくりたいとなれば、そのための資金を民間から集め、ボンド(債権)を発行します。そして橋を建設し、得られるレベニュー(通行料)を30年かけて回収して、ボンドの元本返済原資として活用するビジネスモデルです。この方法は、地方自治体の財政負担を軽減しながら、地域住民が主体的にかかわることができる、インフラ整備の仕組みだと言えます。

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金井氏:我々の商品もそうなると思います。ただ、かなり広範囲に資金を集めてくるので、1本単位のレベニュー債とはちょっと違って、集合的な投資です。

熊野:ある程度投資をする方からすると、ボリュームも欲しいと。

金井氏:そう、欲しいです。ただボリュームの拡大の目的は「大型化」だけでなく「多様化」を図りたいからでもあります。

熊野:ニーズがあるんですね。例えば日本の地域インフラは高度経済成長期以降に整備されたものが多く、今まさに老朽化のピークにあります。道路や橋、トンネル、我々の業界であれば焼却施設など、あらゆるインフラが大更新時代を迎えているんですね。そういう状況で、地域インフラに対して貸付信託を行う時には、インパクト評価の手法を使って「もう一度整備したほうが社会にとって良いんだ」と、事業効果のエビデンスを示すようなことはお考えでしょうか?

金井氏:ありますね。ただその場合、科学的な視点が重要です。貸付信託の時代と今とではテクノロジーの水準がまるで違います。文系出身の銀行員では手に負える筈がありません。こうしたことから、3年前に理系の博士・修士クラスの様々な分野の専門家を集めたテクノロジー・ベースド・ファイナンス(TBF)チームを創設しました。TBFチームでは、最新テクノロジーの評価にとどまらず、それらが生み出す中長期的な効果、すなわちインパクトを分析する取り組みを行っており、それと当社が提供する様々なファイナンスを連動させていきたいと考えています。インフラの老朽化も主要な取り組みテーマの1つです。

予測で切り拓く未来に向けた修復作業

熊野:ここからは、金井さん個人の想いも伺えたら、と思います。まず、今後の社会や、そこから生まれる市場について、どのように考えていらっしゃいますか。

例えば、PCやスマホなどの登場によって、これまで前頭葉で記憶しておかないといけなかったことが、今すべて外在化していますよね。ChatGPTで思考の整理もできる時代です。さらには医療技術の進歩により、前例のない超長寿の時代に突入しています。こういった人類史上初めての時代における幸福感や持続性、今の社会をどう見ていらっしゃるのかをお聞きしたいです。

金井氏:素直に考えれば、20世紀はいろいろなものを壊し過ぎましたよね。社会システムや環境も。「もうもたない」という状況で、放置すれば不幸が相乗的に拡大しかねないので、修復しなければならないと誰もが気付き出しました。そうなると、修復はビジネスになる。なぜ今ESGが儲かる世界になってきているかというと、修復作業が儲けのネタになるからです。皮肉な話ですが、この流れはもう止まらないと思うんです。

熊野:僕もそういう現状認識ですけど、その修復が、過去の修復をするのか、未来に向けて修復するのかで違うと思うんですよ。

金井氏:そうですね。恐らく、技術の高度化などによって、いろいろなものが予測しやすくなっているので、さすがに過去と同様の失敗は繰り返さないと思います。

熊野:なるほど。予測に合わせた形での、修復作業ということですね。

金井氏:そこで重要なのは、ポジティブインパクトとネガティブインパクトを同時に見ることです。ネガティブインパクトを抑制して、はじめてポジティブインパクトを追求する資格が出てくるので、この2つはセットです。

その上で私がAIに期待したいのは、インパクト予測の精緻化です。AIが理論的に将来を予測する機能は人間より遥かに優れているので、インパクト・パスウェイ(インパクトを生み出す経路)の可視化にうまく活用できないかと考えています。さらに膨大なデータを処理することで、生み出される成果、すなわちインパクトをより明確に、できれば定量的に把握できればよいと思います。インパクト投資の世界では、すでにそうした動きが生まれていますが、行政が推進するEBPM(証拠に基づく政策立案)も、基本的には同じコンセプトだと認識しています。ならば、こうした初期的な作業をAIやデータサイエンスに任せ、多様なステークホルダーの合意形成の出発点を作れないかと思います。

熊野:なるほど。商業や産業が増えて資本主義がルール化される中で、「法の下に平等」がグローバルスタンダードになって今があるんですが、戦争や分断などがあって、法の平等性がデコボコしています。また、インターネットなどの「情報の下に平等」という世界もありましたが、フェイクなど、デジタル情報もデコボコしてきています。

国家、金融、法に対してのクエスチョン、もっと言えばジャーナリズムに対してのクエスチョンが今、充満しています。デジタルと新しい法のルールがESGとインパクトに収斂していく、そのルールの下に新しい平等が構築されるというイメージですか?

金井氏:そうです。ただここでのデジタル技術は課題を整理するためのツールに過ぎず、課題解決にはイノベーションが求められます。イノベーションで重要なことは、自然科学と社会科学の融合です。我々は、自然科学的な、つまり技術的なイノベーションに重きを置き過ぎたのではないでしょうか。技術イノベーションは必要ですが、それが別の何かを壊してしまい、壊したものを直すために新たなイノベーションを求める悪循環に陥っているような気がします。自然科学ですべてを解決する発想から脱却し、立ち遅れていた社会科学領域でのイノベーションを追求し、両者を調和させることが重要だと思います。

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熊野:まさしく同意です。イノベーションと言えばすぐに、技術イノベーションを連想する状況になっていますが、僕は、ESGは社会イノベーションを動かす流れだと思うんですよ。社会をどうイノベートするかとなったとき、人間の心地よさには文化的なものがあるので、デジタルの標準化では難しい。標準化ができない領域がありますよね。

社会イノベーションのためのソリューションが詰まったESA

熊野:国民国家の近代から、地域、組織というカンパニーや、インターネットでの趣味のコミュニティなど、個人が自分らしいことをできる関心領域を複数持つことができる社会イノベーションが起きて、さらにそれがネットワーク化したら、僕は自然体系と同じエコシステム型の社会になると思うんですよ。そういう領域に、我々がイノベートできるかにかかっている。

イノベートするための条件というのは、日本が一番整っていると思うんです。カリフォルニア州よりも狭い土地の中に、職人も含めると、なんと世界で最も職業の種類が多いのがこの日本です。価値創出の多様性に富んだ国だと言えます。ただ、現状はこの多様性のエコシステムが繋がっていない。これらがネットワーク化してその関係性の中で生み出される価値が循環し、さらに増幅していくような社会イノベーションができれば、社会的インパクトと文化性と技術性がベストミックスになるんじゃないかと、今思ったんですけど、いかがですか?

金井氏:文化的な側面は確かに重要ですね。近年、日本の企業は海外でのモノ売りが、かつてほどうまくいっていないと言われていますが、その理由の1つに相手国の文化を十分理解していないということが挙げられています。例えばエアコンは、日本では「いかに静寂か」が大切ですよね。しかし、むしろ音がうるさいほうが良い、ブーンという音が出ないと冷えた感じにならないと言う国があると聞きました。

熊野:おもしろい(笑)。

金井氏:その国の文化を理解するには、現地に入り込む必要がありますね。どのように使われるかを見た上で、カスタマイズした製品を売る必要があり、サムスン電子が成功した要因の1つに挙げられています。その観点からは、日本は技術信仰・品質信仰で「いいものは絶対売れる」というプロダクトアウトの発想から抜け出せていないように思います。欧米市場が主戦場の時代は、お客さんに近いところでニーズを捉え、最先端技術を安く大量に売ることに注力したビジネスモデルが成功しました。しかし、かつての途上国が経済的に発展し、マーケットの裾野が大きくなると、多様な文化、さまざまな社会課題に対処しなければ、勝てなくなってきました。

熊野:成熟社会になればなるほど、海外は工業のサービス化やサービサイジングの重要性に気づいているけど、日本はまだ......

金井氏:あまり気づいてないと思います。ここで最初の話、国際的なコンセンサスに対する感度の鈍さと言う問題に立ち返ります。ただ、相手社会や文化の理解は海外マーケティングにおける問題だけではないです。国内においても、先程インパクト・パスウェイの話をしましたが、そこで合意形成ができていなければ、素晴らしい技術イノベーションがあっても社会実装しません。それには、そもそも社会にとって何が必要なのかというところから合意が形成されなければならず、世界共通言語としてのSDGsが生まれました。SDGsのロゴは視覚に訴えるように作られましたよね。私が考える社会科学領域のイノベーションは、そういったイメージです。

ちなみに銀行は、社会イノベーションにおける重要なアクターです。企業と密接な関係を持っており、技術と社会の2つのイノベーションの架け橋になり得る存在でもあります。ということで、当社はTBFチームを作ったのですが・・・まだまだ道半ばです・・・(笑)。

熊野:ありがとうございます。これからの企業にとって非常に大切な示唆に富んだお話でした。最後に、「エコシステム社会機構(ESA)」にどのような期待をもっているか、お聞かせいただけますか?

金井氏:ESAには今いろいろとお話ししたことのソリューションが全部詰まっていると思います。例えば、日本は、オープンイノベーションへの転換がうまくいっていない国だと思いますが、ESAは日本のサーキュラーエコノミーを牽引する企業連合「ジャパン・サーキュラー・エコノミー・パートナーシップ(J-CEP)」をコアとして持っている。

ただし、テクノロジーだけでは社会課題は解決しないので、J-CEPから生まれる技術イノベーションを社会実装させることがESAの大きな役割だと理解しています。ESAには国や自治体がしっかり関わっているので、行政と民間が連携してビジネスケースを創出する機能があります。なおかつ、アカデミズムと連携し、基礎研究のためのプラットフォームもベースとして持っている。必要な要素がほぼ完璧に揃ってますよね。あとは、「本気でやれますか?」という話です。

熊野:そう、「意志」ですよね。金井さんも理事として、皆さんを本気にさせますか?

金井氏:発起人であるアミタさんの想いを感じているので、やらなきゃいけないと思いますよ。想いを実行に移す人が、これまであまりいなかったんですよね。「誰かがやってくれるだろう」と考えていた。でも、国も企業も大学もやらない。ESAは、みんな1つの場に引っ張り出して、「さあ一緒にやりましょう」という仕組みです。似たコンセプトのものはあったかもしれませんが、ここまでのものはなかったのではないでしょうか。それをやろうというアミタさんの覚悟を、強く感じています。

熊野:ありがとうございます(笑)。

金井氏:お互いが持つギャップを乗り越える組織ですよね、ESAは。子どもの時から周りとの違いに悩んでいた人間として、期待しかありません(笑)。

熊野:九州や近畿などエリアごとに分科会をつくって、見に行こうと思っています。九州ESAみたいな。

金井氏:それはとてもいいと思います。

熊野:そうすると密度が上がります。密度が上がったほうが、文化は理解できますもんね。

金井氏:そうですね。日本にも多様な文化がありますし、既に地元に根差した連携ネットワークを構築している地域もあります。分科会がそうしたフレームワークとうまく融合できたら面白いですね。一方で、取り組みを成功させてモデル化し、ベストプラクティスを横展開していくことも重要ですね。

熊野:2年後には、会員企業200社、会員地方自治体100地域の規模になって、皆で集まり、未来を一緒につくろうとなったらおもしろいなと思っているので、ぜひよろしくお願いします。今日は長い間、ありがとうございました。

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対談者

金井 司(かない つかさ)氏
三井住友信託銀行株式会社 

サステナビリティ推進部 フェロー役員

2003年にサステナビリティ部署の立ち上げを主導し、2018年より現職。この間、SRI(ESG)ファンドの開発、環境不動産業務の立ち上げ、ポジティブ・インパクト・ファイナンスの開発、テクノロジー・ベースド・ファイナンスチームの組成等を手掛ける。「21世紀金融行動原則」及び「インパクト志向金融宣言」の初代運営委員長。環境省「地域におけるESG金融促進事業意見交換会」「ネイチャーポジティブ経済研究会」、金融庁「インパクト投資等に関する検討会」、内閣府「地方創生SDGs金融調査・研究会」、農水省「農林水産業・食品産業に関するESG地域金融の推進に向けた有識者検討会」委員等を務める。



イベントのご案内

一般社団法人エコシステム社会機構(ESA)の設立を記念してシンポジウム「社会イノベーションの新メカニズム~ポストSDGsの答えはエコシステム社会デザイン~」を開催します。どなたでもご参加いただけます。ぜひご参加ください!

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