デジタルが繋ぐ、有機的な共創と価値創造(後編)

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2024年4月に設立された、循環と共生をコンセプトに公民の共創を促進する「一般社団法人エコシステム社会機構Ecosystem Society Agency:略称ESA、以下ESA)」。
当社はESAの正会員企業として発起参画し、代表取締役社長 兼 CIOOの末次貴英が代表理事を務めています。このたび、当社の代表取締役会長 兼 CVOの熊野英介が、ESA理事の寺澤和幸氏と対談を行いました。
NECソリューションイノベ―タ株式会社にて、パブリック事業ライン理事、エグゼクティブプロデューサー(スマートシティ)、スマートシティソリューション事業部長を兼任する寺澤氏。
テクノロジーの変遷やスマートシティ構想、ESAへの期待などについて語り合いました。
(対談日:2024年6月20日)

<前編はこちら

社会的な包摂と循環のメカニズムが地域の未来を変える

熊野:持続可能な地域運営のポイントは何か、という問いで前回は終わりましたね。

私は、自然界の生態系の在り方に学び、その特徴を要素分解することでヒントを得られるのではないかと思っています。例えば、自然界の包摂性に着目し、それをソーシャルインクルージョン(社会的包摂。全ての人々を孤独や孤立、排除や摩擦から援護し、健康で文化的な生活の実現につなげるよう、社会の構成員として包み支え合うという理念)の観点で捉え直すことで、地域の最適解を見出すことができるのではないかと考えます。
もう一つは循環性です。ここで大事なことは、この循環性が単なる炭素循環や窒素循環を指すのではなく、循環経済(サーキュラーエコノミー)の概念に社会的側面を組み合わせたアプローチであることですね。例えば、地域の小規模生産者や社会的企業が生産する持続可能な商品を消費することで、地域経済を活性化させ、社会課題の解決に貢献すること。また、物質的な未利用資源だけでなく、障害のある方などを積極雇用してそのマンパワーを最大限活かし、経済的にも社会的にも価値を生み出すなど、様々な要素が関連しながら循環するサーキュラーな社会システムを意味しています。

このような包摂と循環のメカニズムを回しながら、動的に価値をつくり続けていくことが持続可能なコミュニティデザインの答えではないかと考えています。

寺澤氏:包摂と循環か。これは企業活動にも言えますね。

熊野:そう、今はもう、これまでのようにグローバルな規模で安定的に資源を調達できる時代ではないですよね。これからはローカルの未利用な資源を活用して、安定的な調達を工夫していく必要があると思います。

寺澤氏:今もう、すでにそうなりつつありますね。

熊野:そうすると、調達の多様性が増すわけです。例えば、宮崎の杉と秋田の杉、同じ杉材でも産地によって品質は違いますよね。つまり、これまでのような画一的な調達ではなく、多様な調達になる。さらに成熟社会においては、ニーズもカスタマイズ化が進んでいるので、アウトプットの多様性も高まってきます。ニーズに合わせて製品やサービスの作り方もカスタマイズしなくてはならない時代になっている。
そこで、寺澤さんにお聞きしたいのは、このような多様性が高まる時代に、情報はどのように変容し、活用されるかということです。いかがでしょうか?

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デジタルインフラと文化性・社会性の同時形成

寺澤氏:それはもう完全に、人それぞれのパーソナライズの話で、個人の情報が重要になってきますよね。EUでは2018年に、個人の情報を尊重するEU一般データ保護規則「GDPR(General Data Protection Regulation)」が施行されています。自分のデータは自分のものだという考え方がしっかり確立された世界になってきており、サービス提供者はそれらの情報を適切に管理しながら、その人にとっての最適解を導き出して価値提供していく時代だと言えます。
そのときに必要なのは、いわゆるデジタルインフラみたいなもので、例えば欧州では、エストニアは電子国家を推進するため、個人のデータの管理、公共・民間サービスへの活用促進を実現するデータ基盤を整備していますし、デンマークは電子医療が100%進んでいます。

熊野:その電子医療ってどんなものですか?

寺澤氏:「デジタル健康手帳」と言ったらわかりやすいかな。健康、病歴、通院履歴などがすべて電子化されたものです。元々は、公平な医療を提供するために始めたことで、今はそのデータを元に、それぞれの個人に対して最適な健康診断や行動変容の機会を提供しています。
そこで肝になっているのは、デジタルインフラです。日本は高度経済成長期に、高速道路や鉄道、上下水道といったハードインフラを整えました。実は私の会社は、そのハードインフラに対するITシステムを提供しているんです。そもそもインフラとは、公平性や不可欠性というように必ず必要なものを指すのであって、その中には、デジタルインフラも含まれるよねというのが最近の議論になっています。そういうものを日本でも整備したいという思いで、私は「都市OS」という言葉を使っています。ただ、今の都市OSにはそこまで不可欠性はなく、地域展開されていなかったり、あるいは地域ごとに機能が違って連携ができなかったりするんですよ。

熊野:インフラなのに。

寺澤氏:はい、インフラなのに。同じインフラですけど、地域をまたいでしまうと連携ができなくなってしまうケースが多いんです。でも人は移動するし、引っ越すものじゃないですか。そこで2019年頃に、スマートシティの共通仕様書をつくろうと、内閣府と一緒に「リファレンスアーキテクチャ」を発行しました。それで一応、都市間の相互運用性を担保できるようになるのですが、実際は社会実装がついていっていません。

熊野:その構想に合わせて、「デジタル田園都市国家構想」が動いているんですか?

寺澤氏:そうです。なるべく都市間でデータのポータビリティを担保するために、機能やソフトウェアの仕組みを合わせましょうと動いています。別の団体の話で申し訳ないですけど、私は「一般社団法人データ社会推進協議会」の理事として責任者になり、分野を横断したデータ利活用の促進を目的としたデータ連携基盤の普及促進活動も各地で行っています。

熊野:なるほど。地域ほどDX人材というか、データを運用できる人が少ないじゃないですか。そこはあまり関係ないんですか?

寺澤氏:関係あります。インフラはただのインフラなので、やっぱり肝は人で、課題があります。その課題に対して、どんなデータが必要で、どうインテリジェンスをもってして解決していくか。そこはもうDX人材でないとできない領域ですね。

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熊野:それは育成などの仕組みが必要ということですか?

寺澤氏:国、経産省などがDX人材の育成の仕組みをつくっていますが、公表値でもかなり足りていない状況です。

熊野:もう一つ、僕は、デジタル田園都市国家構想のようなプラットフォーム系があればあるほど、地域の包摂性となる文化性や社会性が同時に形成されないと、無機質になってしまうと思っています。

寺澤氏:そうですね。

熊野:それを実現するのがESAなんです。ESAでPoC(概念実証)を行いながら、地域特有の歴史や伝統、生活様式といった文化性を、地域や地域住民と多様に関わる人々の関係性の中に組み込んでいこうとしています。こうして先ほどお話しした社会的包摂と社会的循環が進めば、最適解も少しずつ変化していくので、そこにクリエイティブが生まれると思います。
ESAによってこの仕組みができれば、社会は面白くなると思うんですよね。それこそ、寺澤さんが小学生のときパソコンに驚いたような、未来を夢見る少年が出てくるような気がするんですよね。

寺澤氏:そうですね(笑)、面白いと思います。さっきお話しした「デジタルインフラが重要だ」という話は、いろいろな界隈で「鶏が先か、卵が先か」といつも議論になるんです。つまり「サービスが先か、インフラが先か」。私自身は「インフラが先」と考えている人間です。時代を遡ると、インターネットというインフラがあったからこそWindows95やWebブラウザのNetscape(ネットスケープ)が生まれ爆発的に伸びましたし、高速道路だって東名高速ができたときは、当時の車は時速80kmぐらいで走ったらオーバーヒートしたらしいんですよね。高速道路があったから車が改善されたという話もあります。

私自身はやっぱり、デジタルインフラが新しい日本の産業を育むと考えています。私としては、ウェルビーイングの視点で4つを定義していて、そういったサービスをやっていきたいと思っています。
・個人のウェルビーイング(生きがいの向上)
・会社(職域)のウェルビーイング(働きがいの向上)
・地域社会のウェルビーイング(暮らしがいの向上)
・地球のウェルビーイング(すべての土台となる自然資本の維持)

例えば線形経済というのは、GDPなどが尺度になるじゃないですか。あれは経済の尺度としてはいいのですが、不完全なもので、環境破壊には配慮していないし、人々の幸せには紐づいていない。欠陥があるので、今SDGsの先の世界では、ウェルビーイングの議論が走っていますね。

熊野:おっしゃる通りです。

関心領域のネットワーク化が生み出す新たな情報

熊野:そういえば、今話題になっている『関心領域』という映画、ご覧になりましたか?

寺澤氏:観ていないです。

熊野:アウシュビッツの横にナチスの高級幹部の豪邸があるんです。美味しいものを食べて、可愛い子どもたちと暮らす様子が淡々と流れるのですが、時折、アウシュビッツから黒い煙が出たり、唸り声が聞こえたりする。でも家族の日常は普通に過ぎていく。まさに人間の関心領域を浮き彫りにした映画です。

この関心領域をコミュニティという言葉に言い直すと、これからは、土地や血縁のコミュニティだけでなく、趣味、興味関心、地域、仕事など、多層なコミュニティを個人が重層化できる時代だと思うんですよ。その関係性がウェルビーイングのヒントになると思う。そしてこの多層コミュニティが繋がったネットワークは、自然界の生態系の在り方と相似する。そういった、エコシステム的ネットワークから得られる情報は、精度が高くなると思うんですよね。

寺澤氏:それはありますね。そういえば、いろいろな関心領域ごとに、デジタルコミュニティをつくってみたらどうかと、一度試したことがあります。

熊野:おお。できたんですか?

寺澤氏:結局提案だけになってしまいましたが、例えば健康に興味がある人たち、環境意識が強い人たち、スポーツが好きな人たちなどと、企画をしていました。そういう関心領域を繋ぐことで相乗効果が出るんじゃないかと考えてトライしたんですけどね。どういう付加価値が生まれるかを当時は導き出せなくて、止まってしまいました。

熊野:それ面白そうですね。つられて思い出しましたが、iPhoneが登場したとき、あるエンジニアリングの人が「きっとみんな、これを財布より大事にするようになるよ」と明言したそうです。普通は「そりゃ財布のほうが大事だろう」と思うわけですけど(笑)。

寺澤氏:そうですね(笑)。

熊野:でも今は、本当にスマホの中に生活のほとんどが入っていて、機能として代替が利かない。財布を持ち歩かない人も増えましたね。将来のデジタルインフラというのは、そういう領域になるんじゃないかなと。

寺澤氏:そうかもしれないですね。iPhoneがいろいろな電化製品を一つにまとめてしまったように、デジタルインフラ上でのいろいろな活動は、最初は分断していても、統合されて一つの世界になっていくのは十分あり得ます。

熊野:多様かつ多層的なローカルコミュニティがデジタルインフラ上でつながり、大きな社会基盤が形成される時代になってきた。寺澤さんが一つの世界といったように、そこでは国の垣根もサービス提供や価値交換の範囲もあいまいになっていくと思います。そうなると、近代が作り上げた国民国家やすべてを経済価値に変える資本主義は、未来社会でどうなると思いますか?

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寺澤氏:そうですね、難しい質問ですが、私からすると経済価値と社会価値は紙一重です。CSR(企業の社会的責任)も、当初本業と分けて考えられていたのが、CSV(共通価値の創造)のように「自社のビジネスそのものを、社会的価値につなげていかないと駄目だよね」という形になってきたと思うんです。いかに社会貢献しながら、それを対価といいますか、持続可能になるように回していくかが大事な世界になってきます。

我々はインフラのことを「協調領域」と呼んでいるんですが、その協調領域の上で、世界に貢献しながらみんながそれぞれ儲けることができるような仕組みが最終的にできてくる未来を描いています。

熊野:自社のサービスや商品を本当の意味でESG化しようとするなら、サプライチェーンそのものをESG化する必要があります。今後企業は、サプライチェーンのマネジメントに関与しなければ、持続できなくなると思うんですね。

一見遠回りで無駄の多い取り組みのように見えるかもしれませんが、生態系の生存戦略の一つに、この「余剰をつくりながら生き延びる」というのがあります。必要な無駄というか、この無駄がないと、生物は万が一のときに生き延びることができない。一見無駄に感じる、数値化できないウェルビーイングや環境貢献は、「情けは人のためならず」ではないけど、企業にとって必要なものなんです。私は企業の役割は価値の増幅効果だと考えていますので、まず企業がそういったものをビジネスに取り入れていかないと社会も変わらない気がするんです。

寺澤氏:確かにその通りですね。実際に、いろいろなデータを繋いで環境にいい取り組みをしましょうという「データスペース」という考え方は、既に自動車産業や製造業が取り組み始めています。関係企業がアライアンスを組んで、お互いその環境にいい製品を使っているよねというトレーサビリティをもって、全体のサプライチェーンを良くしていこうという動きです。

熊野:新しい時代が確実に始まっていますね。

志を共有する仲間とともに、日本のウェルビーイングの解を出したい

熊野:最後の質問です。今ESAには、60社ほどの民間企業・団体と、10数の地方自治体が参加しています。来年、再来年と、どんどん仲間が増えると思うのですが、ESAに期待されることは?

寺澤氏:むしろ期待しかないです(笑)。この機構の一番いいところは、志が同じところだと思うんですよ。官民もそうですし、エコシステムをつくりながら、共生社会をつくりましょうと。お互いの良いところをつなぎ合わせながら、一つの物事を進めていこうとしている機構だと僕は認識しています。
我々の立ち位置からすると、ここは業界関係なく貢献できる領域です。いろいろな業界の方々と繋がって、最終的には社会貢献することで、我々にも還元される世界をつくっていきたいと思っていますので、とても期待しています。

熊野:異業種を含めて、コアコンピタンス(他社が真似できない核となる能力)が違う連携には、新しいものを生み出して社会実装していく面白さがありますが、それを展開するとき、情報が必要だと思うんですよ。

寺澤氏:情報ですか。例えば?

熊野:シティマネジメントを例にすると、ある地域に列車が到着したとして、降りた人たちは駅から街に拡散していくけれども、その人流の経路のなかでさらに分岐したり、どこかに滞留したり、だんだんパターンができてくると思うんですよ。それが例えば雨が降ったり、風が吹いたりしたら、また違うパターンになる。そうしたパターンがデータベースの中で量子的に、先の時間軸まで予測ができる時代だと思うんです。時間の流れと人の動きが予測できたら、それに付随するモノやお金の動きも予想ができていく。その先は各企業のコアコンピタンスが活きる領域で、それぞれが得意分野で価値提供していく準備が始まると思うんですよ。

寺澤氏:なるほど。情報統合をしていくと、天気や交通の情報などが一繋ぎに統合されて、都市経営に対して最適解が出てきます。それはもう、まさにスマートシティですね。

私も研究しているんですけど、主観的なウェルビーイングは人によってバラバラで指標化しづらいですよね。ただ一つ確実なのは、ウェルビーイングが下がっていくと、国のカントリーリスクにつながると言われていて、その後、内紛が起きたりするわけです。今、日本のウェルビーイングは非常に低く、上げていかないと国としても成り立たなくなるのですが、これに対してまだ誰も解を出せていません。ESAにいらっしゃる方々とそういう議論をしながら、ぜひそこの解を出せればと思います。

熊野:ぜひ、その解を見つけていきましょう。今日はありがとうございました。

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対談者

寺澤 和幸 (てらさわ かずゆき)氏

NECソリューションイノベータ株式会社 
パブリック事業ライン理事
兼エグゼクティブプロデューサー(スマートシティ)
兼スマートシティソリューション事業部長

1992年に日本電気ソフトウェア株式会社に入社し、北米と日本にてコンシューマー製品のOS開発のリードエンジニアとして長年従事。その後、組込事業、IoT事業の経験を経て、スマートシティにおける新規事業と開発を担当。スマートシティリファレンスアーキテクチャの策定やデータ連携基盤の普及促進など国の政策と連動した活動から複数地域におけるスマートシティ実装まで幅広く手掛ける。

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