パンデミックとグローバル経験が教えてくれた、企業の存在意義(後編)

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2024年4月に設立された、循環と共生をコンセプトに公民の共創を促進する「一般社団法人エコシステム社会機構(Ecosystem Society Agency:略称ESA、以下ESA)」。
このたび、当社の代表取締役会長 兼 CVOの熊野英介が、ESA理事で花王株式会社特命フェロー コンシューマープロダクツ事業統括部門の小泉篤氏と対談を行いました。

小泉氏は入社後、30代で大ヒット商品「クイックルワイパー」などのマーケティングを担当し、その後アジアを中心としたハウスホールド事業の海外責任者を務めました。現在は特命フェローとして同社のESG推進・コーポレートブランディング等を支援しています。

小泉氏の座右の銘は"Pay it forward"(恩送り)。この言葉に至った原点やキャリアを振り返りながら、サステナビリティ経営に求められるビジネススキルや組織マネジメントについて語り合いました。
(対談日:2024年11月8日)

<前編はこちら

「きれい」が世界の共通認識に

熊野:前編では、花王の「よきモノづくり」の原点と、小泉さんの座右の銘である「Pay it forward(恩送り)」精神の重なりや、VUCA時代における市場創造、マーケティングの変遷などについてお話を伺いました。後編は、御社のグローバルな事業展開のポイントや、これからの企業の役割についてお聞きしていきたいと思います。

アイスブレイクに、最近読んだ本が面白かったので、ちょっとその話をしますね。人間の脳の前頭葉には、眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)という視覚や聴覚、味覚、嗅覚などの情報が収斂している部位があって、視覚や聴覚を通じて脳が美しいと感じるとドーパミンが出て人は興奮するんですね。ある文化人類学者が色のマトリックスを百何十といる民族に見せたところ、不思議なことに彼らみんなが美しいと感じた色は一種類だけだったそうです。何色だと思いますか。

小泉氏:ブルーですか?

熊野:そう、すごいですね!エスキモーのような寒い地域の民族も、砂漠のような暑いところの民族も、みんなスカイブルーを選ぶそうです。スカイブルーを見ると、良いことがありそうだと思うんでしょうね。

小泉氏:そうかもしれませんね。

熊野:人は、スカイブルーだけでなく、言葉や行動などに対しても、美しいと感じるものに興奮し、感情を揺さぶられます。恐らく、御社のKirei Lifestyleという概念は「清潔な国民は栄える」という心根や哲学も含めて綺麗、清潔と言っているのではないでしょうか。だからこそ、単に「クリーン」ではなく、ローマ字で「Kirei」と表現されている。この辺はやはり全社に浸透しているのでしょうか。

小泉氏:Kirei Lifestyle Planは2019年のスタートですから、3、4年経って浸透してきたかもしれません。実は、パーパスの浸透を加速させたのは新型コロナのパンデミックでした。2020年のあの時、全社員がパーパスを理解し始めたと思います。

パンデミックが起こり、弊社のハンドウォッシュと石鹸と消毒液が、店頭から一切なくなりました。消毒液の需要は急拡大し、家庭だけでなくお店やレストラン、公共施設や空港の入り口に消毒液が置かれるようになりました。これは新型コロナの恐怖に対して、「きれいな世界」に戻りたいという社会的要請の高まりだったと思います。そして、この状況を受けて、安心安全なきれいな世界のためにできる事に全力を尽くす、社会的な義務を感じました。

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熊野:パンデミックの発生によって、それまでの生活圏に限定された視野から「世の中はこの先一体どうなるんだろう?」と社会や世界へと一気に視野が広がっていったと思います。

小泉氏:はい、あのパンデミックの時は、グローバルに全ての国や地域が同じ状況になって、世界規模で同じ社会課題を共有したわけです。そして、消毒液の供給責任などの問題解決も社員全員が連帯・連携しないとできないようなことだったので、提供すべき「きれいな世界」の意味、コロナ禍での花王としての存在意義は何だろう、さらに自分は何のためにこの業務をしているのだろうかというところまで、腑に落ちてきました。

全部門・全社員が動かないと、必要とされているモノと情報とサービスが生活者の手元まで届かないという事態が起きた時に、加速しましたね。

熊野:そうでしたか。難しかったけれども一番面白かったことは、市場創出や組織づくりのプロセスだったということですね。

聞く耳を持ち、リスペクトせよ

熊野:逆に一番困難だったこと、完全に行き詰ってどうしようもなかったご経験はありましたか。

小泉氏:やはり40代での海外経験ですね。これは、うまくいったこともいかなかったこともどちらもありました。40代前半はアジア地域を管轄する部長の立場で、後半4年はインドネシア現地法人の社長として現地で指揮を執りました。それまで日本の市場で仕事をしていた人間が、いきなりアジア8カ国のローカルのメンバーと事業を回していくわけですが、ありがちなのが、「皆さん本社の指示に従ってください」という指示です。

それまで、出張はあっても、それだけでは現地の生活観や価値観は分からないものです。40代最初の頃はどう現地の人を説得しようかとばかり考えていましたが、改めて現場起点に立ち返り、現場に入り込んでみようと、当時一番の課題国を1カ月ずつぐらい回って、ほぼ駐在のような形でホテルに泊まり込んでローカルと一緒になって課題に臨みました。その時の旅費交通費が多額だったと経理担当には言われましたが(笑)。

熊野:それで、問題は解決しましたか。

小泉氏:現地に入り込んでみると、経営判断するための材料として現地の意見や考え方にリスペクトしなければいけないことがあると分かりました。ローカルが言っていることはこういうことなのかと。もちろん、戦略は変わりませんが、今までは戦術まで押し付けてしまっていたなと感じたのです。その結果としてかなりの解決策を打つことができました。

例えば、花王の歴史の中で衣料用コンパクト洗剤のアタックという製品が日本での市場シェアを大きく拡大し、アジア展開する際にもこの製品をラインナップに加えて市場を一気に拡大させようとしました。しかし、日本は洗濯機で洗いますが、インドネシアやタイ、マレーシア、中国では手洗いが一般的なので、洗濯機用の洗剤だと皮膚が荒れてしまうわけです。そんな大失敗が最初にあって、タイでは手洗い用の洗剤を開発するために、開発部隊が1年間タイ人の生活者と一緒に生活をしながら洗濯の現場を見るという現場観察をやりました。ローカルの生活者をインサイトするために現地をリスペクトすることの大切さを感じました。

熊野:今お話を聞いていて、なるほどと思ったのは、以前御社の研究所で、空気の成分を全て分析して再現できるという話をお聞きしました。その技術のビジネス活用事例で、タイではみんなベビーパウダーの匂いを知っているので、あの匂いの洗剤を売り出したら現地でバカ売れしたそうですね。まさにローカライズに取り組んだ賜物ですね。

小泉氏:はい、あとは現地用に用意したテレビCMなどの広告の反響もすごくて、お陰様で大ヒットしました(笑)。

弊社の入社3年目の若手研修で講師を務める際には、君たちの時代は国内の人口も世帯も減り、移民政策を取らない限りは縮小均衡になるのだから、ビジネスは絶対に海外を相手にすることになると言っています。そして、自分たちが海外に出ていく時に必ず起きるのは、日本人の頭で考えたことを押し付けてしまうこと。だから「必ずローカルの声に聞く耳をもて」と伝えています。
更には、コミュニケーションとは、相手が何を言っているのか聞けるから対話ができるわけです。だから、語学に不安があればヒアリングから入りなさいという話をします。それと相手の言っていることをリスペクトすること。その二つの意味で「聞く耳」を持ちなさいと言っています。

熊野:今まで色々な壁にぶち当たりながらも、乗り越えてこられたんですね。

小泉氏:いろいろな壁がありましたね。インドネシアに行って現地法人の社長に着任した時にも、何をするために自分はインドネシアに行くのかを考えました。その時に思ったことは、この国で「清潔な国民は栄える」ということを実践してみようと決意しました。

インドネシアは人口が世界第4位で、まだ経済発展途中。首都ジャカルタの中心はきれいですが、少し横道をそれると生活圏では食べ物やごみがいっぱい散らかっていますし、川の水質の問題もあって清潔な環境ではありません。

熊野:2009年ごろですか。

小泉氏:はい、そうです。当時は、先ほどお話したタイでの洗剤をインドネシアでも出したり、インドネシア仕様でコストが安く、現地の人に合うボディーソープを作ったりしました。一人当たりGDPが低い国の人たちにとって、きれいになることは誇りなのです。例えば下層階級になればなるほどアイロンをかけます。自分の家庭は日雇いで収入が少なくても、子供に着せる服だけはアイロンをかけて、ピシッとしたものを着せて立派に見せたいと親が思うのでしょうね。
このようなインドネシアの国民の清潔を応援するビジネスで、インドネシア国民が栄えてほしいと願っていました。

自走できる地域に求められる民間企業の役割とは?

熊野:いろんなご経験をなさって、これからの夢とか、叶えたいことなどありますか。

小泉氏:とにかくPay it forwardを実践し続けたいというのがかなえたいことです。花王という会社で色々な経験をさせてもらって、今はまさにエコシステム社会機構(ESA)でご一緒させていただきながら、自治体課題をインプットして、それに対して恩送りとしてアウトプットしていきたいと思います。

熊野:僕が理想としているのは、芸能の世界でいう守破離です。最初は基礎を覚えて、工夫があって自分流に行きつく。でも、その先があるらしいですよ。遊ぶと書いて「遊」です。
この概念は仏教用語でいうと「空」という概念に近くて、簡単に言うなら「ないからある」ということです。

仏教世界では帝釈天(たいしゃくてん)という仏様が全世界にネットワークのような網を張っているらしく、その網がクロスしているところに綺麗な玉がぶら下がっているのだそうです。この一個一個の玉が全世界を映しており、ネットワークで悪いことをすると「天網恢恢疎にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず)」となるそうです。つまり、悪事を行えば天罰を逃れることはできず、必ず捕らえられて、処罰されるという意味です。

さきほど小泉さんから"Me" "We" "Planet"というきれいな世界を実現するための3つの要素を聞いた瞬間に、帝釈天の網のような感じを受けました。そこから見たり聞いたりしたことを、ふたたびネットワークを通じて伝えていくというように受け取ったのですが、いかがですか。

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小泉氏:まさにそうですね。「よきモノづくり」精神で製品を作ってマーケティングをしてきた花王マンとして虚業みたいな仕事はしたくないというのはありますね。

熊野:おっしゃるように、GDPを上げるためのメインシステムのような資本主義の中で、例えばM&Aで会社を動かして収益をあげるようなことは、一つの方法としてあってもいいけれども、それがメインになるのは嫌じゃないですか。
金融資本が実物資本よりも国をまたいで増えてきて、金がカネを生むような状況の中で、今度は情報を動かして経済を作るGAFAMと言われるような企業が出てきました。それに対して、モノをつくり、リスクを取り、失敗から学びながら、仲間の汗も喜びの酒も全部含めて価値を創造する感覚とは、何か根本的に違いますよね。

小泉氏:そうですね、何か違和感がありますね。

熊野:無制限に地下資源があるわけではありませんし。気候変動の影響で、例えばパーム油にしても、お金を出すからもっと作ってくれと言われても、プランテーションには限界があります。制約条件がどんどん身近になっていく状態で、モノづくりの価値が重視されるようにするにはどうすればいいのでしょうか。

小泉氏:そこはまさに、循環の考え方をモノづくりに入れていかないと難しいと思いますね。

熊野:循環させたところで、コモディティ化してしまったら規模拡大というのは...。

小泉氏:規模拡大はしなくなりますよね。

熊野:そうなると、今後企業が持続していくためにはどうすればいいのでしょうか。

小泉氏:やはりフィールドを広げるしかないですよね。今まではこの範囲内で成長スパイラルを上げていきましょうということでしたが、別の場所、いわゆる海外展開になりますが、違う場所で戦えるだけのリソースを整えなければならないと思います。経営とは、会社の持つリソースの適正配分ですよね。同様に、自分たちが持つリソースを、例えばグローバルサウスに合うようにどう揃えるかということです。

弊社が過去アジアで事業が拡大しなかった原因の一つは、アジア各国に日本と同じような取り組みを導入したからです。日本と同じスペックの製品を作って発売する。現地から見ると、完全にオーバースペックです。現地に合わせたやり方が必要で、日本の基準で作っていたら儲かるわけがないのに。

熊野:そこで重要なのがローカライズであり、現地のニーズに合わせたカスタマイズですよね。日本の価値をどのように現地の価値に翻訳して形にできるかということがポイントになるわけですね。

小泉氏:そうです。例えば日本がベストだとすれば、日本の基準が最後のゴールになる。だけど、ゴールまでの過程に不要なコストをかける必要はないわけです。

熊野:小泉さんとしては、ローカライズの価値観というもののインプットを自分の中でインテリジェンス化してアウトプットをするという、価値生産のようなことをやりたいわけですか。

小泉氏:まさにそうですね。

熊野:見えないものを見る力、聞こえないことを聞く力も必要ですね。

小泉氏:自分が読みこなせるだけの経験がつくと、少しずつ見る力と聞く力がついてくるように感じます。

熊野:結局のところ、will(意志)を維持していれば、経験とともに知識も関係性も増えていきますよね。早く気づくか気づかないかというのはありますけれども。

小泉氏:おっしゃる通りで、海外のビジネスに触れられた40代頃に、もし日本国内でずっとやっていたら今の自分ではないだろうなと思うことは多々ありますね。そこで接した世界が全く違う世界で、ビジネスのやり方も変えなければならないと気づきましたから。
最初に戻ると、自分の中の転換点は40代で海外ビジネスを10年やった時で、自分の経験の中で一番今につながるものがありますね。

熊野:お話を聞いていたら、そのやり方もラグビーでしたね(笑)。

小泉氏:おっしゃる通りです。考え方もやり方もラグビーですね(笑)。

熊野:最後になりますが、エコシステム社会機構(ESA)に対する期待を教えてください。

小泉氏:ESAには理事という立場で入らせていただいて、非常に感謝しています。Pay it forwardのアウトプット先はどこだろうかと考えた時、オールジャパンで動いていかないと日本の課題は解決できないと感じていたので、それを動かす座組ができるESAへの期待は大きいです。そして、その座組として公民連携・官民連携で自治体が自走できることが重要だと思います。

自走するために民間がどのように関与していけるかを考えた時に、ESAのコンセプトである「社会課題を抱える自治体に対して民間企業が自分たちのリソースをアダプトできるようにするためのマッチング」という活動をESA立ち上げ時にお聞きした瞬間、「ああこれだ」と思いました。

今、すべての自治体で地域活性という言葉の裏に、住民が減っていく問題、自治を動かさなくてはいけない自治会で自治会長のなり手がいなくなっていく問題があります。自走する組織が地域になくなっていく課題に対し、民間同士だけで組んで解決を図るのは、単に自分たちのゴールを達成しようとしているにすぎないのではと思います。地域や住民が置き去りにならない、地域社会を支えるイノベーションプラットフォームとして領域を超えて日本の未来を作り出していくESAに賛同し、その活動に期待とともに自らも尽力していきたいと思います。

熊野:高次元の美と精神性としての「キレイ」に向けて修行されてきた小泉さん。不確実性はナチュラルであるということ、自分の原点はラグビー精神というところに帰結できたかなと思います。本日はどうもありがとうございました。

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対談者

小泉 篤(こいずみ あつし)氏
花王株式会社 特命フェロー コンシューマープロダクツ事業統括部門

1985年花王株式会社入社。
20代の販売部門(北海道配属)を経て、30代からマーケティング畑を歩み、主要ブランドであるビオレ・クイックル・マジックリン・アタックのブランドマネジメントを通して、酸いも甘いもブランドの面白さを経験。
40代でハウスホールド海外事業の部長として主にアジア地域での事業拡大とブランド育成に取り組み、2009年から花王インドネシア社長としてリーマンショック後の事業立て直しに奔走し、事業構造改革によりV字回復を果たした。
50代は事業部長を経て、執行役員として花王が2019年にESG経営に舵を切る中でコンシューマープロダクツ事業の事業横断のマネジメントと事業ESG推進の指揮を執る。
現在、花王の特命フェローとしてESG推進・マーケティング(ブランディング)・社内起業家を支援。国連UNGCのカントリーネットワーク組織GCNJ(グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン)の理事、ESA(エコシステム社会機構)の理事を兼務し、気候変動対策とサーキュラーエコノミーの分野で活動中。また、日本マーケティング協会(JMA)のマイスター代表を務め、CMOの育成に奔走中。
座右の銘は"Pay it Forward"


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