未来を創るリーガルデザイン
~法を駆使したイノベーションの生み出し方~
「法を駆使して創造性、イノベーションを最大化する」という理念のもと、変わりゆく時代に合わせて自発的にルールメイキングしていくための「法」×「デザイン思考」=「リーガルデザイン」という考えを提唱する、なんともゼブラな法律家に末次が突撃!
しまうまフレンド5組目は、シティライツ法律事務所代表の水野祐さん。レッツ!しまうまトーク!
目次
カフェで生まれたモメンタム
―原宿のとあるカフェで、部下とコーヒーを飲みながら未来を語る末次。―
末次:今日は本当はナウなヤングに大人気の原宿のタピオカ屋に行きたかったんやけど、行列ができてて諦めざるを得なかったのがなんとも悔しい。諦めるといえば、次の新規事業、前例がなくて法律を見てもできるかわからんみたいな調査報告が出てきてさ......でも絶対社会のためになる事業やねん。タピオカと違ってこれは簡単に諦められへん。なんかええ方法ないかなぁ。
部下:(ナウなヤング......?)法律ってややこしいですよね、良いことしたいときでも法が障壁になることありますもんね。
末次:そうそう、何を守るための法律やねーん!って言いたいときあるもんなー。
―末次がそうつぶやいた瞬間、背後から突然、声が響いた―
??:その考え、異議ありですね。
末次:え......あなたは一体? (えらい男前だな)
??:通りすがりの法律家です。さっきのお話、聞かせてもらいましたが、法律って何かを守るためだけのものじゃありません。「余白」の解釈次第で、イノベーションを生む起爆剤になることもあるんですよ。
末次:法律からイノベーション!?き、気になりすぎる。もっと詳しくそのお話を聞かせてもらえませんか?あ、タピオカおごりますね。
まず変えるべきは法律ではなく、使い方
末次:というわけで、今日はよろしくお願いします。早速ですが、事務所名の「シティライツ」ってチャップリンの映画(邦題は「街の灯」)が由来なんですか?
水野氏:よくご存じですね。それもありますが、もっと直接的な由来は、サンフランシスコにある書店なんです。元々、大学時代にサブカルチャー、インターネットカルチャーを浴びるような生活をしていて。そういう作品やカルチャーを作っている人たちのサポートをしたいな、というのが法律家になった初期衝動です。最初はエンタメやアート業界の知財関連の仕事をしていたんですが、次第にIT業界の知財や個人情報保護法のようなデータを扱う仕事が増えていって、最近では公民連携やスマートシティといったまちづくりの仕事も増えています。インターネットやデジタル技術を使ってソフトからハードまで幅広く仕事をしているのが特徴だと思います。
実は私自身、法律家になる前は法やルールって、邪魔なものだと捉えていたんです。ただ、中身を知るにつれて、割と柔軟性を持った自由なものなんだなという感覚が芽生えてきて。法やルールに邪魔をされると感じるのは、使う側の意識の問題なんじゃないかとも思うようになりました。
末次:すごい、この時点で既に面白いな......。法曹界では水野さんのような「リーガルデザイン」の考え方って結構変わっているんじゃないですか?
水野氏:どうだろう......。仕事に対して自分なりの思考を持ち、一貫性を保った対応は大切にしています。その中で感じたことを本や寄稿記事にまとめたり、言語化するところは多少変わっているんですかね。
あと未だに「自分、弁護士です」って名乗るのにどうしても違和感があるんですよね。士業って、ただの資格という感覚が強くて。
末次:手段であって目的ではない、みたいなことですかね。
水野氏:近いですね。元々私は弁護士になることが目的ではなく、先ほど言ったように、法的な視点から仕組みづくりのサポートをやりたいと思っていて。法律家と名乗る方がまだしっくりきます。
末次:なるほど。今回の対談をお受けいただいたのは、水野さんがサーキュラーエコノミー(以下CE)分野にも興味をお持ちだったからでしょうか?
水野氏:はい、もちろんCEへの興味関心もありますが、それ以上に私は情報分野の「環」にずっと携わってきた感覚があるんです。ただ、これからの社会全体のデザインについては、環境問題やテクノロジー抜きでは語れないと考えています。
末次:アミタも資源循環事業を創業当時から続けているのですが、単なるリサイクルではなく「情報編さん」という捉え方をしています。モノに付随する情報をどう編集して、組み合わせて、新たな価値を産むか。そのプロセスこそがまさにデザインです。私たちの事業は「社会デザイン事業」というのですが「デザイン」という考え方は、社会の真ん中に置くべき大事なことだと思います。
ドナルド・トランプも「リーガルデザイナー」?
末次:先ほど、法律やルールは実は「柔軟性を持った自由なもの」という風におっしゃっていましたね。法のデザインにおいてその柔軟性が発揮されているような事例......。例えば、法律が急速な社会変化のなかでイノベーションを加速する機能を果たした時ってあるんですかね。
水野氏:確実にあると思います。今、思いついた例は2つ。1つは、どうしてシリコンバレーがIT産業の集積地となったのか。要素は複数あると言われていますが、大きな要因の1つとして、社員が競合他社に転職したり、競合する事業を自分で立ち上げたりすることを禁じる「競業避止義務」を設ける契約が、カリフォルニア州法だと原則として無効になるんです。これにより、転職や雇用の流動性が非常に高くなり、業界全体のナレッジシェアが盛んになる。その結果、知の集積地になっていったという研究があって。法律が余白を生み出し、イノベーションやブリコラージュが生まれる1つの事例と言えます。
2つ目もアメリカの例になりますが、著作権法におけるフェアユースという規定。これは報道や研究など公正な利用であれば、著作物を権利者の許諾なく使用できるというもので、法律に予め用意されている余白ともいえます。少し前だとGoogleの検索エンジン、最近だとAIを開発するために必要な大量のデータを学習することの根拠規定にもなっていて、これもイノベーションのエンジンになっています。
末次:日本の法律は、そのような余白が組み込まれにくいと思っていますが、どうでしょう。
水野氏:そう感じられるのは、法体系が違うことにも原因があります。大陸法・成文法と英米法・判例法の法体系の違いです。簡単に言えば大陸法・成文法はドイツやフランスの考え方で、英米法・判例法は英米の考え方。日本の法体系が大きな影響を受けているのは前者です。最初に可能な限りあらゆる事態を予測して、法律を細かく作り込む。一方、判例法はまずミニマムに法律を作り、何かあったら後追いで裁判の判決というルールで補足していく。
社会環境の変化が非常に速いと言われる今の時代には、判例法の方が適合させやすい面があるとよく言われます。でも、私個人としては、そのような側面は否定できないとしても、法体系だけのせいにするのはちょっと違うと思っています。日本は確かに成文法の法体系に大きな影響を受けていますが、一方で第二次世界大戦後の政策としてはアメリカの影響を強く受けており、法体系の差異は相対化しています。また、成文法的な法律の作り方でも社会環境の変化に合わせた柔軟性を確保する方法もありますし、実際にそれができている部分もあります。たとえば、個人情報保護法は2015年の改正で、3年ごとに国際的動向や情報通信技術の進展、それに伴う個人情報を活用した新たな産業の創出・発展の状況等を勘案して、必要があるときは見直す、いわゆる「3年ごと見直し」の規定を設けています。
今の日本の法律って、EUやアメリカを見てその中間を取るような作り方が多いんです。結局は法律をどう使うかですよね。日本だから、アメリカだから、と法体系のせいにして諦めるのは違うかなと思っています。
あと、さきほどアメリカの法律の余白の例を出しましたが、日本の法律にも、これまでそういう目で見てこなかっただけで、実は余白を活用している例はたくさんあると思います。たとえば、メルカリなどのCtoCサービスで活用されているエスクロー(※)サービスは収納代行サービスとして資金決済法上の資金移動業に該当しないとか、一定のクラウドファンディングは金融商品取引法や資金決済法上の規制を受けないとか。電動キックボードも道路交通法に適切なカテゴリーがなかったところに生まれたビジネスですよね。
※エスクロー...商取引の間に第3者が介入し、決済にいたるまでの安全取引を担保する仕組み
末次:なるほど。水野さんから見て、日本の法律が他国より先進的だと思う部分はありますか。
水野氏:AI学習を原則として許容している著作権法の例外規定は、AI開発という観点からはかなり先進的な規定と言えます。ただし、この規定を巡っては昨今のAIブームもあって、権利者側から問題視する議論が多く出ている状況です。
CEの分野では、2000年の循環型社会形成推進基本法の動きはかなり早かったと思います。今、EUがCEをガンガン進めてますけど、実はルールにするのは日本の方が先だったんですよ。ただし、3Rのうち、結果的に政策がリサイクルに偏りすぎてしまったことによって、リデュース、リユースへの対応が遅れてしまっているのかもしれません。アメリカやEUでは「修理する権利」の法制化が進んできていますが、日本ではまだほとんど議論にもなっていません。
末次:おっしゃるとおり、それは日本の1つの成功体験だったと思います。ゆえに、アップデートしきれていない。サプライチェーンで言うと、製品設計の上流から動かないと根本的な解決にはなりません。たらればの話ですが、そこで法律が少し社会の先をリードしていれば、次のムーブメントを作れたんじゃないかとも思うんです。
水野氏:いやあ、法律がリードするのはなかなか難しいですよ。というか、私個人としてはそうあるべきじゃないと思っています。法律はあくまで目的を実現したり、課題を解決するための「道具」なので、どういう社会にしていきたいかっていうパッションやビジョンがないと全く意味がない。むしろ逆効果。だから、悪い「リーガルデザイン」もあるんです。それこそ、アメリカの政治がわかりやすいです。アメリカでは常に、民主党政権の時にたくさん法律が作られて、それをトランプみたいな共和党政権が規制緩和する、という流れの繰り返しなんです。近年で言うと、オバマ政権やバイデン政権でルールを作って、トランプが規制緩和して......と。前回のトランプ政権で作られた、有名な「2対1ルール」というものがあります。新しい規制を1つ作るためには既存の規制を2つ廃止しろという内容で、規制の全体量を減らすメタルールなんです。それもある意味リーガルデザインですよね。
末次:そういえば、水野さんのご著書にも「『コンプライアンス』という言葉を単に『法令順守』」という意味で捉えていたのでは到底生まれ得ないものが多く存在する」と書かれていました。読みながら首がもげそうなくらい頷きましたね。
「法律はどう解釈するかが大事だ」という視点は社内でも大事にしているんです。というのも、私たちの専門である「環境」の歴史的背景には公害という存在が大きく、禁止することが目的というか、性悪説を基に設計されているところがあるんですよね。なかなかその型を破り切れない。
水野氏:法律家の私がこんなこと言っちゃっていいんだろうかとも思いますけど、その解釈の仕方が掴めると、柔軟性というか「うまく使えてる」っていう感覚になりますよね。解釈の幅のなかで、法律という道具をどのように使っていくか、それをどのように使いたいかという使い手のビジョンやパッション次第だと思います。
関係性が循環するリーガルデザイン
水野氏:ところで、MEGURU STATION®について伺いたいのですが。これはダッシュボードではなくハードとして存在しているんですね。
末次:はい、住民の方々に家庭ごみを資源として持ってきてもらって、分別回収する場所なんです。さらにリユース市を開催したり、団らんスペースを設けたり、人が集まる仕掛けを作って、資源だけでなく人の関係性も増幅する地域の互助共助コミュニティとしてもデザインしました。当初は、資源回収という環境の観点からの開始でしたが、次第に健康、福祉、防災などにも価値を発揮できるのではないかと、自治体の方々に興味を持っていただく機会が増えました。最近は、ウェルビーイングの観点からも注目いただいています。地域や企業も含めた大きなコミュニティの中で自律的な循環が生まれるような、ソーシャルかつインクルージョンなエコシステムができないかなと。
それが今の産業のサプライチェーン上にうまくはまれば、CEも、カーボンニュートラルも、ネイチャーポジティブもすべてが同時実現できるような仕組みになるという仮説のもと、挑戦しています。ただ、現行の廃棄物処理法だと、MEGURU STATION®に集まってきた資源は産業廃棄物なのか一般廃棄物なのか、有価物(まだ価値があるとみなされるもの)扱いになるのか、とか法律上いろいろ制約が発生することもあり、ベストプラクティスな設計が悩ましいところです。
【福岡県大刀洗町のMEGURU STATION®の様子】
水野氏:素敵な取り組みですね。法の制約がいろいろあるのもわかります。ちなみに、ちょっと嫌なこと聞いちゃいますけど、これはどうやって儲けているんですか?
末次:..................。
水野氏:あれ......黙っちゃった......(笑)。
末次:(笑)。既に複数の地域で展開しているものの、実はまだ開発中なんです。ただ、キャッシュポイントの設計は決まっていて、大きく2つ。1つが税金のシフトですね。従来の環境や福祉対策のコストの無駄を省き、最適化し、その余剰でいかに「新しい社会インフラ」としてのMEGURU STATION®を運営してもらうか。これ、結構リーガルデザインに近いんじゃないでしょうか。
アメリカなんかはすごいですよね。自治体などが発行する債券「レベニューボンド」みたいに、州や自治体が税を決めるケースもあるじゃないですか。今後は、住民の人たちがまちづくりのために投資ができる仕組みも設計したいなと考えています。
水野氏:税の設計もリーガルデザイン、まさしくそうです。もう1つは?
末次:企業の資源調達手段のシフトです。今、製造業を中心に再生材の確保が急務になっています。ヨーロッパだとDPP(デジタル製品パスポート)のような取り組みも広まっている。遅かれ早かれ、製品の何割は再生材を使いなさい、という義務が企業に課される時代になると思うんですね。その時には、どこから資源を調達するか、つまりどこに調達コストを費やすかは企業の重要な戦略になります。
またCEというと一般的にモノの循環が連想されると思いますが、アミタはモノに付随する情報や人の気持ちも含めた「関係性」も循環させるべきだと考えています。
MEGURU STATION®では単なる資源だけではなく、関係性という情報資産も得ることができるんです。どんな人がどんな資源をいつどんな頻度で持ってきてくれるのか。そんな情報に基づいて、企業には製品の需要予測を設計するだけでなく、消費者とのコミュニケーションコスト、いわゆる広告宣伝費を削減しつつも、循環への取り組みを通して企業価値を高めていくことを実現してほしい。
企業が従来の事業コストの何割かを、このプラットフォームに移行したいと思える設計にできるかが重要なポイントです。
水野氏:なるほど、企業も市民も巻き込んでいくと。これ、デジタルのダッシュボード的なアプローチはしないんですか?アプリでポイントを貯めたり、コミュニティの情報が集まってきたりするようなSNSとか。
末次:既に始めています!「MEGULOOP」というサービスでは、各地にあるMEGURU STATION®でチェックインをするとポイントが貯まります。東京の下北沢にあるボーナストラックという商業施設ではデジタルアートや NFTも活用していますね。
水野氏:そうなんですか!それは面白い。ボーナストラックは徒歩圏内なので、今度ぜひ見に行きます。
未来の価値創出の鍵は「消費者」
水野氏:少し話は変わりますが、実は最近、内閣府の「消費者法制度のパラダイムシフトに関する専門調査会」という委員会にお招きいただいて。消費者法のリデザインというテーマでお話しさせていただいたんですよ。その時に私が提案したのは、消費者か事業者かという二項対立のモデルから脱却し、健全な取引環境を一緒に作っていくために、両者を積極的な重要アクターとして捉え直すような法制度に変えていったらいいんじゃないか、という内容です。そういうアプローチは実は廃棄物処理法や製造物責任法などでも有効なんじゃないかとは考えているんです。
末次:私たちは資源循環事業を長くやってきていますが、そもそも日本は天然資源が少なく、輸入に頼っていますよね。今後は調達が1番難しくなるんじゃないかと思っています。
そうなったとき、新しい価値の生産者は「消費者」、すなわち生活者だと思うんです。MEGURU STATION®で例えると、消費者に丁寧に分別してもらった資源を、私たちが再び社会に戻すということは、次のプロダクトを生み出すための最初の行為は「消費者」が握っている。
水野さんがおっしゃるような二項対立の構造を今こそ解くべきだと思っています。どこが始まりか終わりかもわからない、ずっと巡り巡っていくような仕組みや概念の中で、どうやって皆で責任を負っていくのか、という設計は大事ですよね。
水野氏:そこに1歩、足を踏み入れた法的な概念は拡大生産者責任ですよね。あれは、直接的な生産だけじゃなく、サプライチェーンを長く見て、関係者に責任を分配させていこうという基本的な考え方です。ただ、それすらもまだ「循環」というところまでは踏み込めていない。
そのあたりを変えるための議論に、アミタさんは方々から意見を求められるんじゃないですか?先ほどの消費者法もリデザインの議論が走り始めてるので、そういう意味では、循環型社会形成推進基本法や廃棄物処理法レベルの大枠のリデザインの議論をアミタさんには引っ張っていってもらいたいです。
国×企業×自治体、全員参加のルールメイキング革命
水野氏:もう1つ気になっているのが、このESAという一般社団法人。これはどういう団体ですか?
末次:はい、2024年4月にできたばかりで、一般社団法人エコシステム社会機構(Ecosystem Society Agency:以下ESA)と言います。CEへの取り組みに対する投資期間が長すぎるというのは、各社共通の悩みであり、自治体としても、どういう企業とどういう連携をするべきか、目利きが難しいと。そこで中央省庁の方々にも入ってもらいながら、立場の違う人たちの面的な連携を促して、どういうエコシステムが作れるのかトライしていこう、と設立された組織です。
水野氏:なるほど、ルールメイキングを含めてこのESAでやっていくんですね。そうか、末次さんはこの代表理事もされてるのか。大忙しですね。
末次:そう、気持ちだけは痩せる思いで......。体重は増えましたけど。
水野氏:本当に気持ちだけ(笑)。壮大というか、めちゃめちゃ重要な動きですね。
末次:既に顕在化している課題は、もう個別の企業・自治体で取り組みが進んでいる部分も多いので、潜在的かつ複雑に絡み合っている課題に対して、どれだけ小さなPoC(概念実証)でもいいので、解決に寄与できる社会実装を目指していきます。
水野氏:政府と自治体の取り組みについては法制度としてねじれがあると思っています。憲法や地方自治法では、条例は法律の範囲内で作る必要があり、独自の条例は作りづらい構造になっています。しかし一方でご存じのとおり、2000年以降、政府は地方分権を掲げて自治体にどんどん独自の取り組みをしていってね、と投げかけていて。
多分、自治体の人からすると自由なこと、独自なことをやれと言われながら、手足を縛られているみたいな感覚なんじゃないでしょうか。また、条例などのルールを作るリソースは自治体では特に不足しがちなので、どうしても政府の顔を伺ったり、ルールを決めてください、となる自治体も多いと思います。ですが、これからの時代は憲法や地方自治法に縛られ続けるよりも、独自のルールをどんどん作っていかなきゃ自治体は生き残れなくなると思いますね。
末次:そういう自治体ほど、ESAのような外部を頼ってほしいなと思います。
水野氏:ルールメイキングにおける企業の役割って近年、特に大きくなっています。企業がステークホルダー間の溝の橋渡し役になったり、ルールメイキングの主要なプレイヤーになったりする時代だと思います。
あと、霞が関や自治体もそうですけど、ルールのアイデアやリソースもかなり枯渇してきているんですよね。行政が政策やルールに関するアイデアをかなり求めてるんですよ。だから、適切なタイミングで適切な人に、適切なアイデアを提案していくことができれば、行政として意外なほど耳を傾けてくれます。廃棄物処理法などの規制を受ける、いわゆる規制産業にいると、どうしても行政との関係を「向こう側」と「こちら側」の二項対立に分けて考えてしまいがちなんですが、このような観点からは行政と民間は新しいルールを共創していくパートナーとして捉えられますし、この意味でより可能性が大きいのはリソースが足りていない自治体だと思います。
交渉の共通言語は「持続性」
水野氏:アミタさんがこの特殊な事業で上場維持され続けているのは、すごいことだなと思います。私も、事業性と公益性をどう両立させていけるのかという部分にすごく惹かれますし興味がある。難しいからこそ、1番の醍醐味ですよね。
末次:今後ますます資源や人口動態の制約も増えていく中で、CEの流れが生まれている。おっしゃるように、経済的・社会的な価値が二項対立ではなく、もつれ合いながら、矛盾の中で新たな価値が生まれる過程はすごく面白い部分ですね。
よく経営も、矛盾のコントロールが大切だと言われます。足元を大事にしながら、未来も見て、収益を上げながらも、ただお金を儲けるだけじゃだめだ、みたいな。
こうした矛盾を包括して、二項対立ではないイノベーションの枠組みを考えるとき、法律というのはある意味、良い制約条件だと思うんです。制約の中で創意工夫が生まれて、新しい文化性や付加価値が生まれますよね。
水野氏:法律という制約が新しい文化や付加価値を生むという視点は面白いです。ちょっと深めさせてください。私も職業柄、交渉事の日々で。交渉って、よく相手をどう出し抜くか、どう相手の上にいくか、という二項対立の視点で皆考えちゃうんですよ。でも結局、相手も合理的に考えるので、メリットがあると思えた時に妥結できるんですよね。感情的な部分ももちろんあるとは思いますが。
だから交渉っていうのは、双方がウィンウィンの状況の地点を見つけられるかどうか。つまり、対立構造ではなく、協力関係を作ることです。合意できるポイントをいろんな角度から探し出して、どうアイデアを出せるかというのが、交渉の要だと思っています。
末次:それ、営業の極意でもありますよね。昔、私が営業職の頃に先輩に言われました。お前がやっているのは「勝った負けた」の3流の交渉で、ウィンウィンにするには目先の利益を超えて、自己拡張して主語を「私たち」にする必要があるんだ、と。自分の得は皆の得、つまり私利私欲ではなく「公利公欲」という認識ですね。
水野氏:なるほど。私がよく使うのは時間軸を長く捉えなおす、という方法です。短期的には利害が対立していても、時間軸を長くすれば共通の利益が見いだせるポイントが見つかりやすい。極端な話ですが、地球環境問題で言えば地球が滅亡することに誰も賛成はしないじゃないか、と。もちろん、視点としては簡単でも、やるのは難しいのですが。
末次:そのとおりです! 私たちは「利益」はステークホルダーとの一番根幹の共通言語にはならないと考えています。もちろん利益を生み出すことは大事ですが、それだけを引き合いにするとステークホルダー間のあちこちで綱引きが起こるんです。株主は配当向上、従業員は賃金向上、取引先とは値上げ・値下げ交渉......と。ただ「持続性」は誰にとっても共通言語・共通価値になる。私たちが実現したい持続可能社会って、関係性という広い繋がりの世界をどうステークホルダーに認識してもらうか、ということでもあるんですよね。有限な資源やお金とは異なり、関係性は幾重にも、無限にも広がる可能性に満ち溢れている価値だと思うんです。
水野氏:その例えはすごくわかりやすいし、共感できます。末次さんやアミタさんはまさにどう社会デザインしていくかという壮大な目標の中で、日々資本市場のプレッシャーを受け続けるっていう、ある種マゾ気質というか......(笑)、いやいや失礼しました、究極の挑戦ですね。マジで大変だろうと思いますけど、でもそれが、ここまで上場を維持されているような企業価値にもつながるんでしょうね。
末次:マゾ気質は否定できないかもしれない(笑)。企業価値といえば、アミタの競争優位性は、「不確実性のコントロール」と「企業文化性」、この2つの模倣困難性なんです。
水野氏:不確実性のコントロール......それもまた、矛盾のコントロールですね。
末次:例えば産業廃棄物がいつどれだけ発生するかってすごく不確実なんです。それを原料に、一定品質の再生資源を安定的に製造するのって、実はかなり難しいことで。あるいはMEGURU STATION®を利用する人の気持ちも基本的には不確実で不安定ですよね。誰だって、いつもいい人なわけじゃないし、誰かの役に立ちたい気持ちの時もあれば、むしゃくしゃしてるときもある。私たちには、そうした不確実なものに付随する情報を編さん・分析・活用して安定させていくノウハウがあり、そこから循環という新しい価値を生み出せるのがアミタの強みだと自負しています。さらに、一度循環の輪を作って、それが社会的にも経済的にもうまくいけば、後は基本的にもうループは終わらない。新しいループを作ること自体が、新しいビジネスに繋がるんです。
水野氏:なるほど、そういう発想で事業を組み立てているんですね。
末次:もう1つの、企業文化性。要はどういう組織文化の会社なのかを明らかにしていくことですね。リクルート効果はもちろん、 新しい協業の相談をいただけるかの判断材料になるんです。アミタも一つ一つのサービスで考えると、競合はたくさんいますが、ビジネスモデル全体でみた時の競合はいません。
細かい部分で戦えば、経営効率は上がるしお金儲けもしやすくなりますが、持続性を出すのは難しい。でも、ビジネスモデルが複雑性を内包していれば、コストはかかる分、模倣困難性も高くなる。うちの会社、やたらと哲学的・思想的なことを言ってると思うんですが(笑)、それも企業文化性というコアコンピタンスであり、戦略なんですよね。
水野氏:変わった企業だと思っていたのですが、それが戦略的に選び取られているものだということがわかりました。
地球の未来は誰が創る?
末次:水野さんは今後のご自身について、どんなビジョンをお持ちですか。
水野氏:最近生成AIや新しいテクノロジーに関する仕事もかなり多いんですけど、そういう仕事って他にも興味がある人、やりたい人はたくさんいる。「自分だからこそできる」という部分がそこまで多くないのかなと思っています。
一方で、気候変動などの環境問題はAIと同じくトレンドではありますが、地球に生きる一市民として向き合わなきゃいけないことだという確信もありますし、これまで環境法と呼ばれてきた分野にもCEの観点が入ってきたことにより新しい潮流を感じます。具体的には、これまでの環境法って公害などの問題を生存権などの基本的人権に基づいてマイナスからゼロに戻すアプローチが多かったと思うのですが、カーボンオフセットやそれを生物多様性に応用する法技術イギリスの環境法の改正でできた生物多様性ネットゲイン制度(都市開発等で開発前よりも生物多様性を10%増加させることを義務付ける制度)、EUの自然再生法、そしてカリフォルニア州の2035年までにガソリン車の販売を禁止する規制など、温室効果ガス削減だけでなく、緑化や生物多様性などの取り組みを加速させるおもしろい法律やルールが欧米で次々と作られています。
何が言いたいかというと、パリ協定で定めた2030年の目標達成が難しくなってきている現在、ESGなど、これまで市場や金融の力をドライバーにして気候変動や地球環境保護対策を進めるこれまでの政策は明らかに曲がり角に来ています。そのなかで、ここから5〜10年くらいは法律やルールの役割が大きくなると思いますし、「新しい環境法」とも呼ぶべき領域がとても面白くなる予感があるんです。私はエンタメやカルチャー、デジタル領域を切り口として法に携わってきたのですが、ここらで第2創業期といいますか、思いっきり自分のイメージを変えて、環境領域にもどんどん自分の仕事を広げていければとも考えています。
末次:改めて水野さんのような姿勢は、これからの時代に必ず求められるだろうなと思いました。一般的な弁護士のアドバイスって、法律に則ると「これはしてはいけない」とか、実務寄りの視点が多いと思います。それはそれでかなり大事なんですけど、やっぱり未来を創るためには、今ある型にハマりに行くのではなく「こうあるべきだ」という姿勢や情熱がすごく大事。
それこそ今の社会課題の解決法は誰も知らないのだから、どこにあるかを探すのではなく、自分で創っていかないといけないじゃないですか。水野さんは、そういうところに面白さを感じて一緒に挑戦してくれる人なんじゃないかと。
あとは最近、金融業界の方とお話しする機会が多くて。環境と金融って、すべての産業に関わるんですが、法律も一緒ですよね。今こそ、環境・金融・法律が三位一体となる意義が大きいと思っています。
水野氏:そう思います。そして、自分なりのアプローチで貢献できることもあるのかなと思っています。私、別に運命論者ではないのですが、今日みたいなご縁をいただくとモメンタムを感じますね。
末次:そうですね。出会いって、タイミング含めて「縁」を感じます。しまうまフレンドとして、このご縁、関係性をこれからも末永く続けていけたら嬉しいです!(モメンタム、「会話でパッと使えたらかっこいい単語帳」にメモっとこ)
対談者 | 水野 祐 氏(シティライツ法律事務所)
法律家。弁護士(シティライツ法律事務所、東京弁護士会)。Creative Commons Japan理事。Arts and Law理事。グッドデザイン賞審査委員。慶應義塾大学SFC非常勤講師。note株式会社などの社外役員。テック、クリエイティブ、都市・地域活性化分野のスタートアップから大企業、公的機関まで、新規事業、経営戦略等に関するハンズオンのリーガルサービスを提供している。著作に『法のデザイン −創造性とイノベーションは法によって加速する』(フィルムアート社)、共著に『ルール?本 創造的に生きるためのデザイン』(フィルムアート社)、連載に『新しい社会契約(あるいはそれに代わる何か)』(WIRED日本版)など。